中華料理については、ホームページでずいぶんとレシピを紹介したり、さいきんはムービーでも公開したり、あげくは麻婆豆腐や担々麺など蘊蓄っぽいページも作ったりしたが、そういえば基本的な道具のこととかについては抜けていた。ネットで知り合ったとある方にそれを指摘されたのでなるほどと思い、ここでは中華料理の道具立てについて書いておこうと思う。 ご存知の通り、中国料理に使う道具は、その複雑巨大な料理体系に比べてとてもシンプルで種類が少ない。そんなわけで、それほど語るべきことがたくさんあるわけではないが、主要なものについて解説しておこう。僕はアマチュアであり、作る料理も限られているが、逆にアマチュアとして自分がいつも何を使っているか思ってみると、それは次の5つであろう。
たったこれだけで、非常に少ない。これら以外は当面特に必要ない感じである。それでは、以上の道具について、ひとつずつポイントを解説しておくことにしよう。
僕の使っているのは、直径33センチのもので、大きくも小さくもなく、ほぼ、大皿の2、3人前を一度に作れる大きさである。プロはふつうもう一回りか二回り大きく、いっぺんに4、5人前以上作れる大きさを使っているものだが、家庭のガスの火力では、それはハナから不可能であり、33センチはいいサイズだと思う。ちなみに、二千円から三千円ぐらいで買えてほとんど半永久的に使えるので安くてお得である。 ただし、たとえ33センチでも、鉄製の中華鍋はかなり重い。初めてこれを持ってみると、えー? こんなので作るの? とビビるぐらい重く感じるものだが、慣れというのは面白いもので、まあ、じきに慣れてしまうので大丈夫である。 中華鍋には、両手鍋と片手鍋の2種類がある。どちらでもいいのだが、両手鍋の方が丸みの傾斜がゆるく、どうも片方の扱いに慣れてしまうと、もう片方はちょっと使いにくかったりする。僕は、ずっと片手を使っているので、はっきり言って両手鍋はうまく扱えない。どちらがいいかは好みであろう。ただ、今までの観察によると、なぜだか高級中国料理店の料理人はたいてい両手鍋を使い、大衆中華やラーメン屋のたぐいは片手鍋を使う傾向がある。その理由はよく分からないが、まあ、慣習によるものだと思う。ちなみに中国では片手鍋は北方で主に使われるそうで、北京鍋とも称されている。 思うに何となく、両手鍋の方がテクニックが必要な気がする。両手鍋の場合は長くのびた柄がないので、必ずふきんと一緒に片耳をつかまねばならず、ちょっと面倒くさい上に持ち手の位置が火に近いのでやけどする可能性もずっと高い。片手鍋は柄があるので、とりあえずそこをつかめば持てるし、ふきんなしでもなんとかなるし、火からも遠いのでやけどの心配もない。 でも、なんだか、テレビなんかで料理人が出てくると、高級なデキル感じの料理人はみんな両手鍋なので、なんだか両手鍋の方がプロっぽくてカッコいいかもしれない。その辺は、料理の何に重きを置くかであり、好きなようにしていただきたい。 中華鍋の使い始め オール鉄製の中華鍋は、錆び止めの塗料が全体に塗ってあるので、それを除去してからでないと料理にやばいプラスチック臭がついてしまうので、必ず使い始めの作業をする。方法は以下の通りである。 (1)コンロを強火にして鍋を掛けてそのまま待つと塗料が焼けて煙になって蒸発するのが分かる。これを鍋の内側の全面に渡って行う。ゆっくり鍋を回しながら焼いて行くが、けっこう時間がかかる。2、30分ぐらいはかかるであろうか。 調理の始めの空焼きについて 中華鍋で調理を始める時は、必ずこの空焼き、という操作をするのが習わしで、これをすると材料が鍋に焦げ付かず、スムーズに調理できる。これを中国語では煉鍋(リェヌ・グオ)といって、方法は次の通りである。 (1)鍋を強火にかけ空焼きする。 どこの中華の本にも書いてある基本中の基本なのだが、家庭でこうやってやっても、どうも材料が鍋肌に焦げ付いてしまう、ということがよく起こる。生肉をぽんっといれたとたん鍋肌にビッチリついちゃった、とか、あと、特に油通しの作業で、片栗粉をまぶした肉類を入れたとたん鍋肌に焦げ付き汚くなってしまった、などなどの悩みである。 これらは、ふつう、最初の空焼きが不足していて起こることが多い。ものの本には「煙が出てくるまで空焼きする」と書かれていることが多いが、これでは通常足りない。実際は、煙が出て、鍋にしみ込んだ油がすべて蒸発し、鍋肌にツヤがなくなり(つまり油分がなくなり)、したがって煙がそれ以上出なくなり、むき出しの鉄がちょっと青っぽくなってくるまでしつこく火にかけておくことをお勧めする。家庭の火力では1、2分はかけっぱなしであろうか。このようになるまで空焼きし、それで油を回して、油を戻して、それから炒めたり、油通ししたりすれば、まず材料は鍋肌にはこびりつかない。 この辺が、プロの料理人に取材して書いている家庭向き中華調理解説の限界の一つなのかな、と思う。プロの火力は家庭の5倍から10倍近くもあったりするので、鍋をちょっと強火にかけておけば前述のような状態になるのである。こういう「家庭の設備ではどうしても必要な操作」(この例なら火に1、2分かけっぱなし)というものをプロというのはほとんど意識しないもので、別に秘訣を隠しているわけでも、いい加減なわけでもなく、プロの調理場では当たり前すぎて解説を思いつかないことが多いのだ、と想像する。 さて、前述の煉鍋は杓子一杯の油を出し入れしたり、ちょっと面倒くさい。そのときは、こんな風にしてもいい。 (1)鍋を強火にかけ空焼きする これならば、油を出し入れする必要がなく、手軽だし、材料も焦げ付かずスムーズにきれいに調理ができる。 調理が終わったら 特に解説するまでもないが、次のようにする。 (1)水をかけて、たわしのようなもので鍋肌をこすって汚れを落として、水を切る これでしまっておけばいい。この後に、ご丁寧に布かなんかで少量の油で拭き込んでおけば理想的かもしれないが、特にそこまでする必要はないだろう。上記のようにすることで、ほとんどの場合は調理に使った油が少量残り、油のコーティングができるからである。 あと、調理をしたまんま放置したりすると、調味料などが鍋肌にこびりつき、容易に取れなくなるばかりか、無理して除去すると鍋肌を痛めて、焦げつきやすくなってしまったりするので、調理が終わったら面倒でもすぐに洗っておくことをお勧めする。 それから、よく、鍋の裏側が汚れることがあり、余計な調味料やらなにやらが裏面にこびりついた状態になってしまうことがある。これは、火の周りを悪くするので、鍋の裏面もときにはたわしできれいにこすり落としておくことをお勧めする。この裏面が汚れると、鍋を徹底空焼きして火を止めると、もうもうと白い煙が出ることでわかる。この大量の煙は実は裏面にこびりついた汚れに含まれる油が煙になって出てくるのである。きれいにしておこう。
中華包丁にはおおまかに言って次の3種類ある。 薄刃: いわゆるふつうの調理に使う、薄刃のもの(片刀:ピエヌ・ダオ) 我々アマチュアは、ひとつめの薄刃だけあれば十分であろう。ただし、たとえばスペアリブなどの硬い骨を薄刃で叩き切ったりすると確実に刃こぼれするので、そういうワイルドなこともやりたいときは厚刃も持っているといい。最後の骨刃は、肉屋みたいなことをやらない限り必要ないと思う。 さて、そういうわけで菜刃であるが、お店へ行くと、ステンレス製と鋼(はがね)製の2つがある。ステンレス製は錆びなくて便利だが、やはり鋼製より切れ味は落ちると思う。プロは当然、鋼製を使っている。値段も鋼製の方が高いし、重さも重い。どうせ中華包丁などというコアなものを買うならこのさい鋼製にしてはいかがだろうか。さらに、この鋼製にも大きさがいろいろある。僕が使っているのは、横浜中華街の道具屋さんで買ったもので、お店のおばちゃんに相談したら、このあたりの料理屋の新米さんの料理人がよく買って行きますよなんて言われた鋼製で一番小さいものをたしか14000円ぐらいで買った。さすがに中華包丁はけっこうなお値段である。一番小さいとはいえ、刃渡りは22センチ、幅は10センチ、重さは400グラムぐらいあり、その辺の包丁と比べるとかなり存在感がある。おばちゃんによると、ベテランはもっと大きくて、重くて、高価なものを使うそうである。 包丁の持ち方、切り方 中華包丁の持ち方は、ふつう、写真のようにする。人差し指を幅広の刃の横に出して、全体を安定させる。人によっては中指も入れて2本の指を使うこともある。材料の切り方の詳細はここではあまりふれない。包丁使いというのは奥の深いもので、それだけで一冊の本になってしまうような内容なので、とてもここでカバーしきれない。
あと、それだけではなく、僕は結構、包丁使いがヘタで、なかなかうまくならず、教えられるようなことはあまり無い、とも言う。そこで、ここでは、ごく基本的なことだけ記しておくことにしよう。 ・野菜など柔らかいものを切る時は、肩の力と指の力を抜いて、包丁の重みと手首のスナップを使って、楽な感じで切るようにする。力を入れても切れるが、長時間やってると肩こりになって疲れる。 ・肉を切る時は、押したり引いたり臨機応変に。肉が包丁にくっついて切りにくいときは、包丁に水をつけて切る ・手羽先みたいなものを叩ききる時は、やはり力を極力抜いて、重みを利用して振り下ろして、ダンッ、と骨ごと切る。余計な力が入っているとうまく切れない。あと、これは冗談抜きで自分の指を落としてしまわないように注意(コワー) ・ニンニクやショウガをまな板の上でピシャっとつぶすときは、刃先を左側に向け、やはり力を抜いて振り下ろす。これも、余計な力を入れて材料を力ずくで押すようにすると、うまくつぶれない。 ・包丁の重みを利用して切るのは中華包丁の特権だか、これは刃をよく研いで切れるようにしておかないと機能しない。研ぎ方は次項を参照のこと ・これはプロの世界では決して言われないことだけど、鋼の包丁を完璧に研いで使うと切りながらミスって指の爪などに引っかかると包丁の重みだけで爪などはきれいに楽々とスパッと切れて肉に達し血まみれになる。あまり切れない包丁だと、爪に刃が刺さったぐらいで止まり、肉まで達せず無事だった経験がけっこうあったりする。僕はギタリストでもあり、指の怪我は致命傷なので、実は、あんまり執念深く包丁を研がない。その方が安全だからだ。 ・ただし、以上は、良し悪しで、切れない包丁で仕事をすると手が滑ってかえって危ない場合もある。各自、自分の加減というものを見つけることが大事であろう ・使い終わったらすぐに洗って水気をふき取っておく。鋼の包丁は、ほとんど分単位の放置であっという間に錆びる
砥石には、荒、中、細 とあるが、中でよいようである。まず包丁を水で濡らし、写真のように刃先を向こうに向け、刃から1センチぐらいのところを両手の指で押さえ、刃の手前側は砥石から5ミリぐらい浮かせて、研ぐ。20回ほど往復させたら裏返し、同じように20回ほど研ぐ。ネギの青いところなどクズ野菜を切ってみて、刃渡りのどこかに切れないところが残っていないかチェックして、必要とあれば再び研ぐ。
この玉杓子も、変哲ない鉄のものを買うといいと思う。中国語では鉄勺(ティエ・シャオ)である。自分としては、この鉄杓の便利さは何ものにも変えがたい気がする。ときどきは中華料理以外でも使ったりする。と、いうのは、かなりのことがこれ一つで出来てしまうからだ。以下に挙げておこう。 ・炒めものなどで材料を混ぜる こんなにシンプルで機能的なものは他にあろうか、と実に感心する。
油入れの缶は何でもいいと思うが、僕は、今では日本の天ぷら用の揚げ鍋をそのまま使っていたりする。フタ付きのホーロー缶なんかでもいいと思うし、なんでもいい。家庭では毎日中華料理を作るわけじゃないので、揚げ油と兼用みたいな感じになるであろう。油の保存については、使い終わったら油を漉しておくこと、それから、もしできれば、時々、油を火にかけ、ネギの青いところとショウガを入れて火にかけ、漉して冷ましておくと、油が長持ちすると共に、油にネギショウガのよい香りがつき、作った中華料理の全体の香りがよくなる。
中華料理では強い火力が必要である、ということは、もう常識に属していて、中華料理を作るのが趣味です、と言うと、火力はどうしているんですか、とたいてい聞かれる。たしかに火力は必要なのだが、自分はいまだにふつうのガス台を使っている。それも、ずっと、いわゆる家庭のガス台なので、逆に、作り方の方を弱い火力に合わせて作っている。 中華料理が趣味な人には、ガス台そのものをプロ用のバーナーに変えている、という人もいるそうだ。僕も、実はずいぶん昔、ガス会社に相談してみたことがある。それによると、いわゆる普通の配管ではダメで、配管を太いものに替えて、排気対策も必要ですが、一般家屋でも不可能ではないですよ、とのこと。ちなみに、例えば僕のガス台は3000キロカロリーていどだが、中華料理屋の厨房のバーナーはふつう20000キロカロリー以上のようで、10倍近い違いがある。 ただ、これは少し立ち止まって考える必要があるのだが、猛烈な火力を要するのは主に炒めものなどにおいてであって、実は膨大な中華料理の種類の中の単なる一部に過ぎない。弱い火力で作る料理もたくさんあるわけだ。 それでは炒めもの以外ならば弱いガス台で十分か、というと、実はそんなこともない。ここから先は、ほとんど調理の研究に属する特殊な話しになりそうだけど、少なくとも僕がこれまで、およそ三十年に渡って中華料理を研究して作ってきて、さらに、香港や中国本土へもずいぶんな回数通って見聞きして来た経験で言うと、中華料理の「猛烈な火力」は調理人と調理場の「世界」を変えてしまう、ということらしい。「中国料理は火の料理だ」という言葉の意味はことのほか深いのである。調理の世界が変わってしまうと、もう、そこで作られるすべての料理にその「ノリ」は影響するので、火力を要しない料理の出来も変えてしまう。どうやら、そんな事情らしいのだ。僕が作って紹介している中華料理は、先に言ったように弱い火力と家庭の狭いキッチンを前提にして、その「世界」を組み立てているので、これはおのずとプロや中国本土のものと異なるのは致し方ない。 さて、よく分からないことをあれこれ書いたが、結論から言うと、おいしい中華料理は弱い火力の家庭でも十分できる、しかし、本場の世界とはおのずと異なる、ということではないだろうか。
その他、蒸し物をするときは、一般にセイロと呼ばれる蒸籠(ヅエン・ロン)が中華では定番だが、僕はアルミ製の日本の蒸し器を使っている。竹を編んで作った中国の蒸籠はよくできていて美しいが、いかんせん竹で作ってあるせいもあり、カビが生えたり汚れたり手入れが大変なのである。
なんでこんなことを言っているかというと、横浜中華街の香港路の、目抜き通りと逆側の方に上海飯店という小さな料理屋があるのだが、ここは僕のあこがれの場所で、カウンターから中の調理場が見え、ここの料理人のあんちゃん(今ではおじちゃん)の個人的な大ファンなのだ。カウンターからは鍋を振るところはあまり見えず、材料を切ってそろえるところが見える。そこで使っていたのが、この激しくぼろいアルミの小皿だったのだ。これが、また、カッコよくてね。今でもたぶんまだあるので、行けば、見られる。ちなみに、中華包丁さばきなどは、僕はこのお店であんちゃんを見て覚えた。 昔話はともかく、この小皿は今ではステンレス製でいろいろなサイズのが売っているので、そろえておくと調理が便利である。 あ、そうそう、あと丸太切り出しのまな板っていうのもあったね。僕は持って無い。というか、あんな巨大なものを置くスペースがキッチンにないので当たり前である。キッチンが果てしなく広いお金持ちのお家に住んでいたら、中華街で売っているので買って届けてもらったらいかがだろう。もっとも、手入れとか大変そうだが。ただ、あれって本格中華の店では欠かせないもののようで、だいたいあれを使っている。プロのグッズといったところであろう。
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