臭い、汚い、でも安い、そしてうまい


いわゆるB級グルメの店をあさることはないし、B級につきものの、あの怪しい感じを楽しむのはむしろ日本ではなく、外国で、ということになる。例えば香港で、例えばバリ島で、屋台を始めとするB級食い物屋にずいぶんと入った。特に外国のそういうB級な場所というのは、出てくる料理だけでなく、もの珍しいもの、変なものがまわりじゅうに並んでいるせいもあり、食い物よりも、そちらにまず気が引かれ、食い物が二の次になったりするほどである。まあ、B級グルメの楽しみ方は、食い物そのものに収斂するよりも、何というか総合的な、その場所の雰囲気を味わいに行く、というものであろう。

というわけで、日本のB級グルメを楽しみに行くときも、エキゾチックなもの、つまり僕の日常とかけ離れたものを求めてしまうのは致し方ない。例えば、浅草の場外馬券売場の脇にある路上飲み屋や、大阪のあいりん地区隣のテンガ茶屋付近の立ち飲み屋とか、生活そのものが自分と違うところへ走ってしまう。しかし、これでは外国とあまり変わることがない。もう少し日常の中に自分の気に入っているB級な食い物はないだろうか。僕は、コンビニ系のジャンクな食い物はだめなので、さて、そうなると困ってしまう。

実は、一軒だけ思い当たる店がある。それは、東急の大井町駅出口を少し下ったところにある、「牛友チェーン」の牛丼とカレーを出す店である。この店、もう十数年前によく通ったものである。たぶん看板にかいてある「牛友チェーン大井町店」というのが店の名前なのだろう、「チェーン店」と言うからには他にもたくさん店舗があって、ほぼ同じ料理を出しているのだろうが、あまり見かけたことがない。ここ大井町店は、細長い、カウンターのみの店である。八人ぐらいでいっぱいになる。

まず、この店、入ると、かなり汚い。カウンターは油でベタベタしていて、店内も煙草のヤニ風に黄色くうす汚れている。これは煙草なのかカレーの色なのか、いやカレーの色は壁に付かないか。カウンターにはガラス瓶にスプーンがたくさん突き刺さっていて、それで食うわけだが、すべて金属が黒く変色していて、金臭い。プラスティックの大きな容器に、福神漬けと、紅ショウガがいつでも大量に入っているのだが、これもいつ替えたものか不明で、全部なくならないうちに上から足してるのではないだろうか。ときどきボロ雑巾の臭いがする。上の方には、ほこりをかぶった赤いプラスティックの小さなテレビ、そして油で黒くなった換気扇、すすけた蛍光灯。

カウンターの中は調理場で、おっちゃんが一人でやっている。大きなうす汚れた寸胴がいくつかと、白い大きな炊飯器がある。さて、ここは、カレーと牛丼と肉丼を出す店である。僕は、この店では必ず「スタミナカレー」と称するものを食っていた。普通より倍はありそうな楕円の大きな平皿にご飯を盛り、半分にカレー、もう半分に肉丼の乗せ物をかけたものである。これで「並」なのだが、普通の店の大盛りの量で、値段が通常の「並」の値段。カレーはやけに黄色くてとろみのない、いかにもカレー粉といった感じのもので、肉丼の方は、豚肉の薄切りとタマネギを煮込んだ、かなり得体の知れない代物である。特にこの肉丼の方は独特の、あくどい臭さがあって、極端に言うとちょっと発酵気味なのである。

こうして書くと最悪であるが、食ってみると、何というか、前置き抜きで乱暴に言ってしまうと、これがとにかくうまい。カレーも肉丼も、これぞB級という風味がある。僕が思うところの、その魅力の出所は結局、その発酵臭、もっとダイレクトに言えば腐臭のようなものにあるように思える。ここでしか喰えない、という雰囲気が味に出ているのである。思えば、東南アジアで味わうB級フーズにも、そういうところがあるではないか。腹をこわすかもしれない、肝炎になるかもしれない、というぎりぎりの感覚である。日本だってアジアだ、そんなところがないわけはない。ここ牛友チェーンは、実際はそれほどではないのだが、それを想起させるものがあった。

さて、あるとき、この店に久しぶりに行ってみたら、あの見慣れたおっちゃんはおらず、中年夫婦のコンビに変わっていた。スタミナカレーを注文して喰ってみると、いまいちであった。カレーの方はあまり変わりがなかったが、肉丼の方は何かあっさりしてしまい、吉野家の牛丼の豚肉版みたいになってしまっていた、しかも値段もワンランク上がっている。がっかりして、しばらく行かなかったのだが、それでも何年か後にまた行ってみた。すると今度は店の人はあんちゃん一人になっていて、それでも僕はしょうこりもなくスタミナカレーを頼んだのだが、今度は肉丼が醤油味になっている。これはもう、オリジナルとまるで異なる。

思えば、昔のあのおっちゃん、競馬場にたくさんいるおっさんの風貌で、何かギトギトとした感じだった。平皿に盛ったご飯の上に、網杓子ですくった肉丼をかけるときの独特の腰の振り方が好きだったっけ。それで僕は思うのだが、そのころ、材料だって何だって、全部あのおっちゃんの手が触れている。おっちゃんの持つ何らかの菌が、何らかの形で、あの料理に混入し、それが独特の風味をかもし出していないとも限らない。これが、一瞬で終わってしまう中華料理の炒めものならそんなこともあるまいが、この手の煮込み料理は、はなはだ怪しく、料理人、そして長年たいしてちゃんと洗わない調理器具にこびりついた菌がその独特の風味を作り出すと、想像できなくはない。

もしそうだとすると、あのおっちゃんは、僕が大好きだったあのあくどい味になくてはならない人間だったわけで、実はあのおっちゃんは僕にとって大切な人、ということになってしまう。妙なものである。しかし、再び言うが、東南アジアでは当たり前として、スペインだってイタリアだって、やはりこういった、そこでしか味わえない風味、風格というものはいたるところで見つかるのである。それらは、けっこう、以上のような理由によるのかもしれないではないか。そこで、あらためて思うのは、料理とは、レシピによって作られるものではなく、ある性格を持った人間によって作られるものである、ということだと思う。その点、世界のどこへ言っても事情は同じだ。

さて、最後に入ったときは、店の人は変わっていたとはいえ、メニューと店のルックスは特に変わってない、と思ったのだが、店を出て看板をよく見ると、なんと店の名前が変わっているのに気がついた。昔の「牛友チェーン」は黒いペンキで消され、その代わりに「牛八」と書いてある。どうやら店そのものが変わったらしい。しかし、それにしても、今まで話してきたように、あの、昔の小汚い店の食い物の独特の風味は、僕が気に入っていたときにいたあのおっちゃんで持っていたのかもしれない。

こんな取るに足らないB級のカレー牛丼屋で、こんなに理屈をこねまわすのもどうかと思うものの、やはり、僕には、あのおっちゃんが作ってくれた、あのあくどいスタミナカレーが懐かしいのである。