麻婆豆腐徹底研究
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 日本で一番人気のある中華料理はなにかといわれれば、きっとこの麻婆豆腐ということになるだろう。そこで、ここでは、その由来から作り方まで動画も交えて、この麻婆豆腐をすみずみまで徹底研究する、という企画を立ててみた。



 麻婆豆腐の由来

 いわずと知れた四川料理である。今から150年ほど前のこと、四川省の首都、成都に、陳さんという店主の出す小さな料理店があった。その陳さんのおかみさんが作る豆腐料理がお店で評判で、客にたいそう喜ばれたそうだ。おかみさんの顔には軽いあばたがあって、みなに陳麻婆(あばたのおばさん)といわれていたので、それで、この料理は、陳麻婆の作る豆腐料理で陳麻婆豆腐(チェン・マ・ポ・ドゥ・フゥ)という名前で呼ばれるようになった、という話は今ではけっこう有名である。
  文化大革命の時には、実質本位の名前に変えろ、とのことから麻辣豆腐(マ・ラ・ドゥ・フゥ)という名前になったそうである。ここでいう「麻」は山椒のしびれる味で、「辣」はトウガラシの辛い味のことである。このふたつの特徴を持った豆腐料理なので麻辣豆腐というわけだ。もちろん、時代が過ぎて、これはまた元の麻婆豆腐に戻された。



 四川省成都の陳麻婆豆腐


四川省成都の元祖陳麻婆豆腐で食べた麻婆豆腐

 元祖「陳麻婆豆腐」の本店は、今では成都市内にあって、いわば麻婆豆腐のメッカといったところだろう。四川省に住んでいる人の数年前のブログによれば、「あ、あの店、この前燃えたよ」と軽く書いていたが、詳しくは不明である(笑) 仮に本店が燃えても、麻婆豆腐は代表的な四川料理として、中国のどこの川菜(四川料理の意)のお店でもメニューに載っているし、どこへ行ってもたいがい、日本のようにアレンジされていない味のものが食べられる。
  5年ほど前に、実際に成都へ行き、この陳麻婆豆腐へ行ったことがある。他の料理も頼みはしたが、やはり本場の陳麻婆豆腐を注文した。写真はそのときのものである。見ての通り、タレがかなり黒っぽく、油の量が多く、山椒を挽いた黒い粉がかけてある。食べてみると、豆腐は柔らかく、挽肉は香ばしく、辛く、熱く、旨い。何よりも山椒粉が舌にびりびりとしびれる。四川料理の山椒は舌にしびれると話には聞いていたが、このとき初めて経験した。たしかにしびれるとしか表現のしようがない感覚だった。とにかく、四川料理は、いわゆる昔の日本料理と対極にある味で、ダメな人はけっこうダメかもしれない。それにしても、さいきん、この本場の陳麻婆豆腐が日本でも受け入れられつつあるとは、日本人の適応力もたいしたものだ(笑)



 陳麻婆豆腐の作り方を徹底解説

 さて、では、ここでは、日本風にアレンジしたいわゆるマーボードーフではなく、本場の味に近いものを取り上げて、作り方を紹介してみよう。ちまたで紹介されているレシピのノリではなく、普通のレシピにはなかなか出てこない重要なことや、ささいなことまで徹底的に解説してみることにしよう。要所要所に中華料理で重要なポイントも詳しく解説してみた。

材料と調味料

木綿豆腐 1
豚挽肉 100g
わけぎ 3

豆板醤 大さじ1
豆豉 大さじ1
粒山椒 大さじ1/2
ショウユ 大さじ2
酒 大さじ1
コショウ 少々
鶏がらスープの素 小さじ1/2
熱湯 200cc
水溶き片栗粉 大さじ2

豆腐


豆腐は絹でもかまわないが、崩れやすく扱いは難しい。しっかりと煮込むことによって木綿を使っても出来上がりはかなりやわらかい感じになるので、木綿でよいと思う。なれてきたら絹で作ってみるのもいい。

豚挽肉 


もともとの陳麻婆豆腐は牛肉で作ったそうである。今でも中国では、牛肉か豚肉を選んで作ってくれるところもあるそうだ。ここではセオリーどおり豚肉を使うけれど、たまには牛肉で作ってみるのもいいと思う。挽肉の分量は、豆腐一丁について100gの見当とする。

わけぎ


白ネギで作るのが一般的だが、わけぎのぶつ切りを使うと歯ざわりがいい感じなのでわけぎを使ってみた。実は、本場の麻婆豆腐ではネギの代わりに、青蒜(チン・ソワン)というものをぶつ切りにして使う。青蒜 はニンニクをネギ状に育てたもので、ルックスはわけぎに似ている。ニンニクとネギをあわせたみたいな香りがあり、歯ざわりもよく、これで麻婆豆腐を作ると確かに旨い。ただ、日本ではあまり作っておらず手に入らないのでネギを使うのである。ここでわけぎを使ったのは、ルックスが青蒜に似ている、という理由もある。

豆板醤



 ここでは日本製の一般的なものを使っている。ちなみに、オリジナルの陳麻婆豆腐の製法は後ほど紹介するが、そこでは豆板醤は使っておらず、トウガラシの粉で辛みを出している。逆に、ここでは豆板醤だけで辛みを出している。
  豆板醤はそら豆を原料にした四川料理の代表的なミソであるが、豆板醤(正式には豆瓣醤=ドウ・バン・ジャン)という名前は総称で、いくつも種類があり、中にはトウガラシが入らない辛くないものもある。辛いものは「豆板辣醤」として区別する。
  日本の豆板醤は、四川のものとわりと風味が違う。本場で有名なのは卑県(ピー・シェン)豆板醤で、さいきんは日本でも中華材料屋で手に入るので使ってみるのもいいかもしれない。ただ、卑県豆板醤はわりと豆豉に似た感じがあって、この後に紹介する豆豉とかぶる感じがするので、麻婆豆腐は日本の豆板醤で作るのも悪くないと思う。

豆豉(ドゥ・チ)

 豆豉は中国の独特な調味料で、大豆を豆のまま黒く発酵させた一種のミソである。日本でいうと浜納豆や大徳寺納豆に相当するそうだが、今の世の中では浜納豆や大徳寺納豆の方が探すのに苦労する。豆豉は、今では大きめのスーパーにはけっこう置いてあったりする。
  中国では煮ものや蒸しもの、炒めものなどによく使い、ちょっと癖のある風味だが、なれると病みつきになる感じである。

花椒(ホァ・ジャオ)


花椒は、山椒のことである。出来上がりにふりかける粉山椒は、やはり粒山椒をミルで挽いてかけるのが香りがよくていい。四川の山椒は日本のものと違って香りが強く、なにより、舌をしびれさせる作用がとても強い。四川の人は、このしびれる感じが大好きらしく、四川の料理にはかなり大量に使われている。このしびれる感じ(味ではない)が「麻」である。


作り方

1) 豆腐を切る


横に包丁を入れたあと、1.5cm角ぐらいに切り離す

2) 豆腐の下ごしらえ

本番の鍋に入る前に、この豆腐をどう処理するかにはいろいろある。ざっと考えて
・湯につけて暖める
・沸騰した湯でしばらく湯通しする
・そのまま使う
の3種だと思う。湯につけるのは芯まで暖めるのが目的で、あとでタレをからめてあっさり仕上げるときに使う。いわば豆腐のあんかけのような料理にしたい場合、煮込まずに豆腐の芯まで熱くするために暖めるのである。2番目の湯通しは、主にあとで調理するときに豆腐が崩れにくくするために行う。ただ、陳建民の中国料理技術入門にもあったが、あまり豆腐が固い角ばった仕上がりになると、麻婆豆腐の特徴のひとつの「柔らかい」に反することになるので、火加減と扱い方を工夫して調理した方がいい、とある。
  というわけで、ここでは「そのまま使う」方法とする。それに手間が省けて好都合でもある。

3) わけぎを切る


白いところを縦割りにしたのち、1.5cmぐらいのぶつ切りにする。白ネギを使うときは荒みじん切りにする。このあと、豆腐を3,4分煮込むので、そのときにやると効率がいい。

4) 豆豉をみじん切りにする


豆豉にもいろいろな品種があるようだが、表面が乾いた感じのものだと、表面に砂やほこりがついていることがあるので、軽くもみ荒いして水気を切ってから使う。写真のように荒みじん切りに刻んでおく。

5) 鍋をから焼きする


鍋の焦げ付きをふせぐために、まず中華鍋をから焼きする

中華のコツ その1

鍋の空焼き

 鉄製の中華鍋を使うとき、焦げ付きをふせぐために空焼きして油をなじませる、とは、どこの本にも書いてある中華の基本だが、これにはポイントがある。「空焼きしたのに材料がベタッと付いちゃった〜」という人も多いのではないか。実は、この空焼きであるが、家庭の常識をはるかに超えて徹底的に空焼きするのである。家のふつうのガスレンジだと、2,3分は火にかけっぱなしである。目安は、写真を注意深く見ると分かるように、前回の油分がすべて蒸発して、つやがなくなって、鉄肌が青みをおびてくるまで熱する。ここまでやらないと、油をなじませても焦げ付きはふせげない。特に、油通しをしたときに、どうしても焦げ付いてしまう、という人がいたら、ほぼ間違いなくこれが原因である。
 ちなみに、プロの中華厨房は、家庭の4,5倍の火力があるので、ちょっと火にかけておけばこの状態になるのである。

6) 油をなじませる


杓子一杯(200cc)の冷たい油を入れて、鍋肌になじませる。ご覧の通り、徹底的に空焼きした鍋肌に油を入れるとすぐに煙が出る状態である。

7) 油を戻す


軽くなじませたら油を、油入れに戻す。これですぐに調理できるが、特に焦げ付いてはまずいような場合、さらにこれを火にかけて、もう一度繰り返す場合もある。白い材料を白いまま調理したいときなど、そうすることもある。

8) 油を入れる


あらためて、75ccていどの油を入れる。杓子に半分弱ていどの量で、大匙にして5杯になる。

中華のコツ その2

大量の油を入れる

 四川料理の特徴のひとつは油を大量に使うことである。ここでは75ccとしたが、実際の四川料理ではたぶんトータルで100ccを超えると思う。ヘルシーを考えて油はちょっと、という場合は減らすわけだが、やはり残念ながら出来上がりの風味は本場のそれとは離れてゆく。特に、この麻婆豆腐では、この油の量が大切なポイントになるので、ぜひこの量でやってみるといい。いつもとウソのように味が変わるはずである。
 ただし、これだけの量の油を使った場合、調理の最後にいたるまでしっかりと火を使わないと、油っこくて食べられないような仕上がりになってしまうので、最後までよく読んで油っこくならないポイントを会得して欲しい。

9) 挽肉を投入


油を入れたらすぐに挽肉を投入して、杓子の背で挽肉を鍋肌に押さえつけて、ほぐすような感じでパラパラになるように炒めて行く。家庭の火力では強火のままでかまわない。挽肉がダマになってしまわないように最初は弱火でほぐして、次に強火にして行くこともある。

10) 挽肉をよく炒める


こんな感じに油が澄んだ感じになるまで強火で炒める

中華のコツ その3

挽肉はよく炒める

 挽肉は水分がおおかた抜けるまでよく炒めることが大切である。目安としては、挽肉がはぜて2,3回「パチパチ」と音がするぐらい。あるいは、水分が蒸発して、炒め油が澄んで透明な感じになるまで、炒める。挽肉の粒の回りが若干焦げる感じになり、臭みも抜け、風味も格段に良くなる。
  麻婆豆腐の特徴のひとつの「香ばしい」はこれによって生まれるのである。

11) 豆豉と豆板醤を入れて炒める


ここで火を弱くして、鍋を傾けて油を集めたところに、豆豉と豆板醤を入れて、かき混ぜて炒める。すぐに火を強火にして、手早くかき混ぜて焦げないように炒める。しばらくするといい香りが立ち上ってくる。

12) ショウユを入れてさらに焦げるぎりぎりまで炒める


ショウユの半量(およそ大サジ1)を入れ、強火のままさらにかき混ぜて炒めて香りを出す。焦げるぎりぎりまで炒めるのが大切である。

中華のコツ その4

調味料は焦げるぎりぎりまで炒める

 豆板醤と豆豉とショウユは油で炒めることでよい味になる。炒め方が足りないと、なんとなく全体にぼけた感じの味になってしまう。焦がさないように、と書いてはいるが、少しぐらい焦げてしまってOKという気持ちで、強火でよく炒めることが大事である。もし、本当に黒く焦げてしまいそうになったら、火加減を調節してもいいが、鍋を持って火から遠ざけて調整するやり方も便利なので覚えておいていいかもしれない。

13) 熱湯を入れる


あらかじめ沸かしておいた熱湯を杓子一杯弱(200cc弱)一気に入れる。強火で炒めていたところに熱湯を入れると、こんな風にもうもうと蒸気が立つ感じになる。


四川省の厨房の火だと、このタイミングで鍋に火が入り火事場のような状態になるところである。この熱湯を入れる方法は特に家庭ではお勧めである。コクのあるいい味に仕上がる。

中華のコツ その5

熱湯を加える

 プロの厨房では、ふつう常に沸いた状態のスープを加えるので、自動的にこのようになる。家庭では、あらかじめお湯を沸かしておき、このように熱湯を加えるとよい。
  熱湯を加えると一気に泡が立ち、瞬間、鍋の中がパニック状態になるが、このときに、どうやら油分が超微粒子になり水のなかに溶けるらしい。これにより、タレがとてもまろやかで一体感のある滑らかな感じになるのである。鶏ガラなどを煮出したスープを使えば、数時間煮出しているうちにすでに脂分がスープに溶け込んでいてまろやかになっているのだが、粉末スープの素を使う場合は、この熱湯の方法がお勧めである。
  ただ、熱湯を入れたときに立つこの水蒸気は、大量の油の蒸気も含んでいるので、あたり一帯に油をまきちらした感じになり、きれい好きな人にはお勧めできない。もっとも、きれい好きな人は最初から中華料理を作ろうとはしないかもしれないが。

14) 調味料を加える


ここで火をちょっと弱めて調味料を入れる。ショウユ大さじ1、酒大さじ1、コショウ少々、鶏がらスープの素小さじ半分を入れて、ちょっと味を見る。

中華のコツ その6

うまみ調味料系はほどほどに

 これはコツとは呼べないが、鶏がらスープの素とか化学調味料などは、コクを増すていどの使用量に抑えて、入れすぎない方がいい。特に、鶏がらスープの素なんかは使用法が載っていて、たとえば一皿に平気で小さじ2杯入れろ、と書いていたりするが、信じない方がいい。あと、市販の料理本などでもその使用量は多めに書かれていることがある。
  要は、自分で味を見て、自分で納得する量を入れるべきである。今回の麻婆豆腐だったら一皿で、まあ、小さじ半分ぐらいで十分である。実は、ぜんぜん入れなくても挽肉のダシや調味料だけで十分おいしく食べられる。
  ただ、断っておくが、中国本土では、四川でも広東でも、有名料理店であっても、この化学調味料(味精:ウェイ・チンという)はかなり大量に入っている。自分で判断して、入れてよし、と思えば別にかまわず、悪者扱いするのも考えものだと思う。

15) 豆腐を加える


豆腐を加えて、豆腐を崩さないようにかき混ぜ、全体になじませて火を強くして沸騰させる。

16) 4,5分ゆっくり煮込む


沸騰したら火を弱くして、ぐつぐつとした状態で4,5分ぐらいゆっくり煮込む。煮上がった状態で、豆腐の1/3ぐらいがタレから出ているていどのタレの量になる。

中華のコツ その7

ゆっくりと煮込む

 弱火でゆっくりと煮込むことで、豆腐に含まれていた水分がタレの中に出てゆき、タレは豆腐の中にしみこんでゆく。こうしてタレで煮込むことで、木綿豆腐は最後には絹ごしのような滑らかな感じになり、豆腐臭さも抜ける。
  前に述べたように、煮込まずにすぐに仕上げてしまう方法もあるが、もともとの麻婆豆腐は、このように材料の持っている水分を引き出してそれを利用して煮上げる調理法が特徴の料理なので、この方法をお勧めしたい。

17) 水溶き片栗粉でとろみをつける


わけぎを乗せて、弱火のままで、水溶き片栗粉を少しずつ入れて、タレにとろみをつける。鍋をゆすったり、そおっと杓子の背でかき混ぜたりしながら、極力豆腐を崩さないように、何度かに分けて加減を見ながらとろみをつける。



中華のコツ その8

とろみ付け

 水溶き片栗粉でタレにとろみをつける作業は中華の定番だが、これはちょっと難しい。コツとして書くことはあまりなく、練習して身につけていただきたい。ポイントとしては以下の通りであろう
  水溶き片栗粉は、片栗粉1と水1の同量がプロの世界では基本のようだが、これでは濃すぎて、ちょっと入れすぎて扱いを間違えるとすぐにダマになる。なれないうちは、片栗粉1に水2ぐらいの薄めのものを使ったほうが失敗が少ない。ただ、薄すぎると当然タレが薄まってしまうので注意。
  とにかく、あわてずに少しずつ入れて、加減を見ながら足してゆく。少し入れたら、杓子でかき混ぜたり、鍋をゆすったり、あるいは鍋を返して材料の上下を入れ替えたりしながら均一にダマにならないように伸ばす。
  麻婆豆腐のとろみつけは特に難しいかもしれない。ふつうにかき混ぜたら豆腐は崩れてしまうので、写真のように杓子の背を使って鍋底からかき混ぜるなどの方法で行う。

18) 強火にして鍋底を焼く


とろみが決まったら、すぐに火を強火にして、ときどき鍋をゆすりながら、鍋底が若干焦げるぐらいまで30秒ほど底を焼く。こうすると、タレの中に含まれていた油が上に浮いてきて、全体にツヤが出る感じになる。そうしたら、皿に中身を滑らせるようにして盛り付ける



中華のコツ その9

底を焼く

 この作業は、中華料理の煮ものの最後に必ず行う。強火にして30秒ほど底を焼くことで、次のような効用が生まれる。
・タレの中に含まれた余計な油分が上に浮いてきて、タレの中の油が吐き出され、タレに油っこさがなくなる。これが、75ccもの油を使っても油こくならないコツである
・タレの油が上に浮き出ることで、料理にツヤが出る (この油を亮油:リャン・ヨウという)
・タレの調味料が鍋底で焼けることで、最後の最後に、味にコクを出し、香りをよくする
・料理が油の膜で包まれ、沸点は100度を超え、全体に料理が熱く、冷めにくく、おいしく食べられる
  なお、四川料理では、この最後の操作をするときに大さじ1、2杯のきれいな油を鍋肌から回し入れる。これによって、タレの中から油が出やすくなり、ツヤとコクも増す。ただし、ただでさえ大量の油を使っているので、この駄目押しの油は好みであろう。

19) 仕上げに山椒粉をふりかける


  仕上げにミルで挽いた山椒の粉をまんべんなくふりかけて出来上がりである。写真のように、赤い油が料理の回りに染み出て、たまっている状態が正しい状態である。
  これで、山椒でしびれる、トウガラシ辛い、熱い、やわらかい、香ばしい、の、5つの特徴を備えた陳麻婆豆腐のできあがりである。

中華のコツ その10

調理はバランスです、そして技術と愛情です

 以上、かなり詳細に調理の手順を追ってみた。この「中華のコツ」も10個にもなってしまったが、これらを忠実にその通りやればうまく行くかというと、実は、そんなこともない。また、これらの事項はすべて必須なのか、といえば、そんなこともない。たぶん、世の一流のプロの書いた調理本で、以上に述べた手順と反することを書いている場合はたくさんあるはずである。
  これは実は当然のことで、もしおいしい料理の作り方が一種類しかなければ、それこそおかしな話で、これは調理というよりは、昨今よくあるチェーン店のオートメーション調理にすぎないわけである。
  一番重要なのは、これらのあれこれのコツを、調理が始まってから終わるまで、バランスよく配分することで、これは、めいめいが自分で会得するしかないものなのである。
  たとえば、上記のコツのひとつに「熱湯を加える」というのがあったが、あそこで冷たい水を加えてもおいしい麻婆豆腐は出来る。ただ、経験のある料理人なら、その後の材料の扱い方を微妙に変えてバランスを取り、最終的においしい料理に仕上げてしまうのである。
  それから、最後に、麻婆豆腐を日本に紹介した偉大な方、故陳建民さんが今日の料理で言っていた中華料理のコツ2つをご紹介しよう。
「料理、これ、愛情が大切ね」
「自分で味見て作るね。自分おいしい皆おいしい、自分おいしくない皆おいしくないよ」
結局は、この2つに尽きると思う。



 動画で見る麻婆豆腐の調理


うちのキッチンにて撮影。


 それでは、以上に紹介した調理の動画をここに載せておこう。うちのガスレンジはビルトインタイプで火力がもともと弱く3000kcalちょっとしかないが、特に問題なくおいしく作れる。ただ、さすがに料理によっては火力不足なので、もうちょっと強いのに変えるつもりではある。

 ところで、YouTubeはムービーサーバーとして便利ですね、感心。







 本店の製法を紹介する


中国名菜譜の日本語版 東西南北の全4巻

 中国文化大革命の少し前までは、逆に中国古来の文化を称揚する政策が取られていたそうである。ちょうどそのころ、1960年前後に十年近い年月をかけて、中国政府が国をあげて各地方の中国料理を文化的遺産として取材し、まとめ上げた料理全集が作られた。これが「中國名菜譜」であり、オリジナルは全十一巻におよぶ膨大なものである。この日本語訳を僕は持っていて、その中に本店の陳麻婆豆腐による料理の製法が、ほぼ忠実な形で掲載されている。そこで、これを一皿分の分量に換算し直してここで紹介してみよう。




(1)豆腐一丁を角切りにして1分間湯につけて石膏の渋みを抜く
  注:どうやら豆腐を固めるのに石膏を使っているらしい
(2)鍋に油100cccを熱し、牛挽肉150gを入れて炒める
  注:豚肉ではなく牛肉を使っている
(3)よく炒まったら、塩小さじ1/2をいれ、混ぜ合わせる 
(4)刻んだ豆豉大さじ1.5とトウガラシ粉大さじ2を入れて炒める
  注:豆板醤は使わずトウガラシ粉を大量に使っている
(5)香りが出たら、スープを300cc入れて、豆腐を入れ、4,5分弱火で煮込む
  注:スープは「濃湯」と書かれており、豚腿と牛の尾を煮出したものだそうである
(6)ショウユ小さじ2と化学調味料小さじ1/2を入れ、水溶き片栗粉でとろみをつける
  注:ショウユを最後に入れている。ショウユは口蘑醤油=コゥ・モゥ・ジャン・ヨウというきのこで作った特殊なショウユだそうである
(7)皿に盛って、山椒粉をふりかける

豆板醤を使わないこと以外は、だいたい同じ感じの調理法ではあるけど、なんとなく読んでいると、これとは言いがたいのだが、調理法のノリが違う気がする。ましてや、この製法は今からおよそ50年前のものなので、余計にそう感じるのかもしれない。



 日本の麻婆豆腐


陳建民さん

 日本に麻婆豆腐を伝えて定着させたのは、かの有名な故陳建民氏だと言われている。四川飯店グループの始祖で、かの陳健一のお父さんである。陳建民が、同郷の黄昌泉氏と日本に渡り、四川料理を日本に広め始めたのが今からおよそ50年前。当時の日本人の味覚は、四川人とは今よりさらにかけ離れており、それに必要な食材もなかなか手に入らない。そんな状況の中で、日本人の口に合う、採算の取れる、新しい麻婆豆腐を工夫してここまで定着させたのだから偉いものである。麻婆豆腐は、「麻」と「辣」が必須だが、麻の味は日本にはなく、これは外したようである。もちろん、強烈な辛みと、大量の油も思い切って弱くしている。また、最後に入れる葉ニンニクは入手できないためネギに代えている。全体に、ちょっとだけ辛みがあって、まろやかで、柔らかで、滑らかな麻婆豆腐を作り出した。
  それから、何十年もたって、今ではマーボードウフは中華料理屋だけでなく、ラーメン屋にもあるし、スーパーには素も売っていて家庭料理としても定着している。それで、さらに、少しばかり前の激辛ブームで日本人の舌が辛みと刺激にことのほか強くなり、満を持して、四川本場の陳麻婆豆腐を出す店が現れ始めた。陳建民が日本人向きにアレンジしてから実に50年、いまや四川本場そのままの味が日本に知られつつある、というのを知って、陳建民も草葉の陰で喜んでいるだろう。



 日本のマーボードウフの作り方


昭和43年発行「きょうのおかず」の麻婆豆腐レシピ

  家に、昭和43年発行の婦人倶楽部増刊号「きょうのおかず」という本がある。およそ40年前の貴重な資料である。ここに、当時の日本のマーボードウフの作り方がわりと詳しく載っている。執筆されているのは、今日の料理でも長年おなじみの、中国料理研究家の王馬煕純おばさまである。
 このレシピでほぼ忠実に作ってみたことがあるのだが、あら不思議、本当に懐かしいむかしのマーボードウフの味になった。ひとむかし前の高級中華料理屋で出されていたようなものになったのにはビックリした。辛みはほとんど無く、全体にベージュ色をしていて、滑らかで、風味よく、これはこれでなかなか満足感があった。
  そこで、この、昭和のマーボーの作り方をここに紹介しよう。

(1)絹ごし豆腐2丁を角切りにしてサッと熱湯に通す
(2)豚挽肉120gに小麦粉大さじ1を混ぜ込んでおく
(3)ネギ・ショウガ・ニンニクを荒みじんにする。赤トウガラシ2本を輪切りにしておく
(4)鍋に油大さじ3を熱して、ネギ・ショウガ・ニンニク・トウガラシを炒める
(5)挽肉120gを炒め、火が通ったら、味噌小さじ1、ショウユ大さじ3、砂糖小さじ1、化学調味料少々を入れてさらに炒める
(6)スープの素を溶かしたスープを100cc入れて煮立て、豆腐を入れ、混ぜ合わせる
(7)煮立ったら、水溶き片栗粉でとろみをつけて、出来上がり

中国のミソではなく、日本のミソをかなり控えめに使っている。味つけに砂糖が入っているのも特徴である。あと、挽肉に小麦粉を混ぜ込んで、出来上がったときの挽肉の歯ざわりを柔らかくしている。煮込まずにタレをからめて仕上げる。などなど、いくつかの特徴が見て取れる。



 陳麻婆豆腐の食べられるところ


四川省本店のライセンスを受けた日本の陳麻婆豆腐

 さて、本場の陳麻婆豆腐に戻るが、まずは食ってみようというとき、どこで食えるかである。まあ、最近は、ネットで「陳麻婆豆腐」と打ち込めばいくらでも出てくるので、特に紹介するまでもないのだが、一応しておこう。たぶん、陳麻婆豆腐専門を銘打っているお店なら、だいたい同じようなレベルだと想像する。残念ながら自分は、日本で陳麻婆豆腐専門店に行ったことがない。以前、成都の本店で食って、北京などでも食って、それで帰ってそれを再現して家で作って食っているので、あまり必要がなかったせいもある。というわけで「どこそこがいい」という風に薦められるお店はあまりないのだが参考までに上げておこう。

 まず、成都の本店「陳麻婆豆腐」の支店を銘打ったお店が日本のあちこちに登場している。もちろん店の名前は「陳麻婆豆腐」である。
http://www.chenmapo.jp/
 陳健一プロデュースの「陳健一麻婆豆腐店」もあちこちにある。たとえば木場店は以下。
http://r.gnavi.co.jp/g790900/
 僕が行ったことのある数少ない店では、「銀座 芝蘭」がある。ここは高級四川料理だが、かなり本場的で抜群においしい。
http://r.gnavi.co.jp/a409500/
 あと、小川町の「四川一貫」というお店。ルックスはただのラーメン屋に見えるのだが、料理は本格的な四川料理である。
http://gourmet.yahoo.co.jp/0006635296/U0002087614/
 中華街にも、さいきん四川省から料理人を呼んで本場の四川料理を出す店が増えた。その中でも老舗な「景徳鎮」に最近行ったが、かなり本場そのものの料理が出てきた。
http://www.keitokuchin.co.jp/japanese/index.html




 終わりに

 いろいろ紹介してきたが、まだいくつか載せたいことがある。研究ということなので、麻婆豆腐のインスタント大研究、とか、ゲテモノ麻婆豆腐特集とか、まだいくつか追及するテーマが残っている。これらについてはおいおい追加して行こう。
 あと、今回、麻婆豆腐大研究をやったので、このノリで、エビチリ大研究とか、担々麺大研究とか、いろいろあるよね。これらについても順次やって行って、マニアックな素人中華料理研究書をまとめることにしよう。それで、もっとうまくいったら、素人中国料理研究所を作って所長になっちゃう、なーんてね。
 
ではでは!


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