悪魔のいけにえ(The Texas Chain Saw Massacre)
(トビー・フーパー)

いま現在、あなたのもっとも好きな映画はなんですか、と聞かれると成瀬巳喜男の浮雲、と答える。しかし、この映画に出会う前は自分は実は、このテキサス・チェーンソーがナンバーワンだったのである。浮雲との落差は限りなく大きく我ながら呆れる。テキサスの田舎で代々屠殺業を営む一家が、ふと近づいてきた若者たちのグループをばたばたと殺害してゆくホラー映画で、十三日の金曜日と並んでホラー界の古典的名作であることは間違いない。二十年ぐらい前にこの映画に出会ったときは衝撃で、そのとき自分はこれを一種の芸術作品とみなしていた。そしてその主題は「非情な自然の力によるヒューマニズムの徹底否定」と、考えていた。いやー、昔はシリアスだったね。実際、この作品は、当時夢中だった西洋絵画のボッシュやゴヤやアンソールといった人たちの描いた光景を彷彿とさせるものだったのである。物語は前半と後半に分かれている。前半でたった一人生き残って逃げ出す女性が、後半で再度彼らに捕まり、今度は捕まえた女性を彼らの棲家へ連れて行き屠殺しようとする奇妙な儀式に及ぶ。この後半の一連の光景が、もう、極めて幻想的で素晴らしいのである。と、言っても、お勧めはしない。実際のシーンはかなり神経に障る畳み掛けるような残酷シーンなので、見るときは要注意である。最後の最後、この女性は間一髪で逃げ出して助かるのであるが、朝もやに霞む早朝の太陽をバックに大男がものすごい音を立てるチェーンソーを無闇に振り回すシーンで、映画は突然、終わる。テキサスの田舎の土地に縛られた非情な力は変わらず持続するのである。ちなみに、この映画はその後リメイクされたが、そちらはお話にならない。このトビー・フーパーの第一作目で全て、なのである。

さっき調べていたら、このThe Texas Chain Saw Massacreは、その描写の芸術性ゆえにニューヨークのMoMAにマスターフィルムが永久保存されているそうだ。芸術とみなしていた自分の感覚は間違っていなかったんだね。