それで、山口巌だったな

うん、ヤマグチイワオ。それ、行こう

前回は、大森の場末スナック街の入口にあるチャレンジャーっていうフォーク系居酒屋の話だったよな。山口巌っていう弾き語り男が現れて、それでなんだかんだで彼がチャレンジャーの次期マスターになった、ってところまでだったな

うん。あれはオレがある日チャレンジャーを偶然見つけて、それで入り浸り常連になってから2年後ぐらいだったと思うな。

山口巌は水商売の経験あったのか?

ないと思うな。チャレンジャーはただのバーだけじゃなくてスパゲッティを売りにした店だったんだよ。前のマスターのカナモリさんのスキルなのかな、とにかく、スパゲッティと酒とフォークの店、っていうコンセプトだったんだな

そのコンセプトを変えないとすると、スパゲッティをちゃんと作らないといけない、と

そう。山口巌はたぶん料理などたいしてしたことのないやつだったと思うんだが、それでふたを開けて店を営業してみるとね、スパゲッティのメニューも変わらず、フルで引き継いだんだぜ。そのときは、なんとも思わなかったけど、いま考えるとたいしたもんだ。なかなかできることじゃない

カナモリさんに習ったんだろうな、スパゲティの作り方

うん。でもね、料理ってそんな付け焼刃ですぐにお金取れるものってふつうは作れないぜ。それが、彼はできたんだよ。これはね、彼のやってた音楽と同じだと思うよ。とにかく、ジャズやらポップスやら色恋詩歌やらをうまいこと適当につぎはぎ、組み合わせて、表面的だけど、かなり完成度の高い音楽を作りあげてしまう、という、なんていうか、小さな才能が、彼にはたくさんあったんだと思うよ

スパゲッティと店の営業もそのノリでできたってことか

そう、そう思うな。彼の大きな特徴は、非常に器用だったってことだ。

スパゲティはうまかったの?

うん、けっこううまかったよ。オレはカネが無いので、もっぱら一番安いザーサイスパゲッティってのを食ってたよ

おお、懐かしいねえ

自分もすでにそのころは中華作ったりして料理に興味があったんで、一回キッチンで作るところを見せてもらったことがあるよ。パスタは大量にゆでてザルに上がってる。それをフライパンで炒めるんだが、マーガリン、タマネギ、瓶詰ザーサイ、塩、コショウ、化学調味料、ガーリックパウダーで味付けしてた。何のしかけもないんだが、けっこうチャレンジャー独特の風味で大衆的にうまかったよ。

しかけがなくてうまい場合は、料理人の腕がいいってことになるな

そうなんだよ。ホント器用なやつだ

あと、ほら、納豆味噌煮スパゲッティってあったよな

あれは、チャレンジャーならではの大衆料理の傑作だな。オレは、食えないものは基本ないんだが納豆だけは例外、というほど納豆は苦手なはずなんだけど、あれだけは大好物でよく食ったっけな。味噌汁にゴマペーストやゴマ油入れて味付けて、ゆでたスパゲッティを入れてちょっと煮て、汁ごと器に盛って、葱やシソの葉、そしてひき割り納豆を乗せる、ってやつ

あれ、うまかったなー 今度作ってみたら?

スウェーデンじゃ、無理。納豆、無い

そっか、たしかに

いつだったか、納豆味噌煮が大好物のオレが、マスターとのなんかの話から、オレは今後1か月は納豆味噌煮を食わん! と宣言したことがあってさ、「禁納豆味噌煮一か月:林正樹」と紙にでかでか書いて店内に貼ってたことがあった。そしたら、来る客、来る客、これはなに? ってことになって、そのせいで納豆味噌煮に注目が集まり、じゃ一度食ってみるか、と、納豆味噌煮スパゲッティがすごく売れるようになったことがあった

うん、そんなことあったな

そしたら、山口巌はそれにいたく感心し、禁納豆味噌煮という言葉が逆の意味で宣伝になってお客さんが増えた、というのはすごく面白い、とか言ってたっけ。そんな感じで、チャレンジャーのマスターになりたての山口巌は楽しくやってたし、店の営業を成功させるためにあれこれといろいろ手を打って、お客扱いもうまいし、そのうちアルバイトを雇う余裕もでてきて、アルバイトに料理以外をすべて任せて、カウンターの向こうの椅子に座ってどかんと構えて、タバコ吸いながら客たちと談笑している、平和だった時代を思い出すな。

そうだな。チャレンジャーの営業は、前のカナモリマスターの時より良くなったかもな

うん、でもさ、実はそのへんからなんだよ、山口巌がじょじょに少しずつ変になって行ったのは

ようやく、ここまで話が来たか。長いな

どうも思い出話は長くなっていけない。これでも相当はしょってしゃべってるつもりなんだが、すでにけっこう長い。前回、オレが山口巌について言いたかった物語は、ここから始まるんだけどな

で、変になったってのは、どういうことだ

店では飲食の営業だけじゃなくて、もちろんフォークライブも定期的にやっていた。それで、店の営業が成功するにつれて、ライブハウスとしての機能も本格化させていった、ということなんだけどさ、要はね、たぶん、いろんな意味で好調で、山口巌自身がだんだん小山の大将的になって行ったんだと思うよ

でも、まあ、実際にいろいろ成功に持っていけてるんだから、その点は自然な成り行きでもあるだろ

ああ、ライブハウスの方を本格化するにつれ、わりとレベルの高いミュージシャンが出るようになっていった。そうなると、それまで出演させている下手なやつが邪魔になるだろ? 新規の歌い手にはきちっとオーディションやりたくなるだろ? ライブハウスとしての全体クオリティを上げたくなるだろ? それで、山口巌はあの手この手でそれを実行に移し始めた、と

演奏するやつを厳選して、レベルの低いやつを切り始める、ってことか

うん。急にそういうことをやったわけじゃなくて、徐々にだったはずだよ。でもね、それと時間的に並行して、自らの志も上げて行き、音楽について批判的になり始めたり、音楽はこうでなくてはならぬ、みたいな下手な理論を使い始めたり、という風になって行き、そのうちチャレンジャーのマイナーレーベルを立ち上げてプロデューサの地位になって行ったわけだ

へーえ、順当と言えば順当だが、それはやはりチャレンジャーの活動そのもののクオリティに支えられていないと、ただの井の中の蛙だな。全体レベルはどうだったんだ?

いや、オレは悪くなかったと思うよ。当時の常連ミュージシャンのレベルはけっこう高かったよ

ところで、山口巌自身の音楽はどうなったんだ

それは、相変わらずだったよ。相変わらず器用に作られた、水商売の女子供に受ける音楽を作って演奏してたよ。兼マスターとしてね。でも、それもじょじょに変わってくる、と

どうなったんだ

音楽を変えるより先に、言うことが変わっていったな。あるとき、日本の古典を讃美し始め、世阿弥だとか谷崎だとかの、つまり、日本の伝統的なある感覚の話を頻繁にするようになった

女子供音楽とは、相容れないな

そうだよ。そのとき山口巌がしょっちゅう言ってた言葉が、「幽玄」だ。なにかと言うと幽玄の世界はすばらしいだ、深いだ、とバカのひとつ覚えみたいに言ってたっけ

おまえはそれを苦々しく聞いていた、と

そうだ。特に当時20代のオレはドストエフスキーやゴッホやそのほか西洋的なものに多分に惹かれていて、日本の伝統的感覚については故意に理解を拒否して、実はけっこう忌み嫌ってた。そんなところに、やれ幽玄だ、静謐だ、日本の伝統だ、と言われるので、ずいぶん反発したわけだ

おまえが西洋、むこうが日本なら接点なし、ということ放っておけなかったのか

いや、だめだったな、若くて血の気が多かったこともあるけど、なにより自分の癪に障ったのが、山口巌が言っている言葉が、どうにも底が浅い、ということだった。器用な水商売音楽演奏に、器用なスパゲッティ調理、器用なお店の営業、と山口さんはね、小器用で、その器用はたいしたもので、そこにこそ彼の人より秀でているところがあったわけだ。伝統だ、思想だ、哲学だ、っていう知的活動にはこの人は絶対向いてない、って確信していたんで、オレはしょっちゅうつっかかってたよ

それが、お前の山口マスターへの当時の言葉の定番、「山口さん、あんたは浅い!」だな

そう。なんか酔っぱらってはしょっちゅうそう言ってた覚えがあるよ

サントリーレッドでな、ははは

そうそう。チャレンジャーのボトルの最安はサントリーホワイトだったんだが、オレは常連特権でレッドのボトルを持ち込みで置かせてもらってた

で、レッドをロックで、それでジョッキに水を入れてもらって、レッドをあびるように飲んじゃあ、水をがぶがぶ飲んで胃の中で薄めてた、と

ああ、今思うとひどい生活してたな、それが常態だ。おまけにそのとき吸ってた煙草がチェリー、と

時代だねえ

というわけで、オレにとっては山口巌の考えは浅い、そのくせしてやけに重厚で高尚な日本の伝統を持ち出しちゃあ、バカみたいに幽玄、幽玄と口走ってる、という風に映ったわけで、付き合いきれなくなってきたわけだ。そのころからかな、徐々にだけどチャレンジャーへの足が遠のいたのはさ

それにしても、おまえ山口巌って本人の名前を使ってずいぶんと本人を味噌くそにこき下ろしてるが、大丈夫なのか?

ああ、山口巌とはね、多感な若いころに出会ってそれなりに深く付き合った仲なんでね、一種の愛憎関係にあったと思うんだよ。彼もそれを分かってるだろうから、これをもし読んでも怒りゃしないだろ。それに怒ったところで、実害もないし

それにしても、あのチャレンジャーってところにはいろんな奴がいたよな

本当に、人間動物園みたいなところだった。今度そのうち、その動物たちを一人一人紹介してもいいかもね

ははは、じゃあ、それは次にね。さて、それで、山口巌と疎遠になって結局終わりか?

いや、まだ先がある。山口巌はますます音楽プロデューサ的になって行き、チャレンジャーの出演者に対してもぞんざいになり始め、彼の小山の大将もほぼピークに達したみたいだ、と聞いた。オレもそのころはあまり顔出さなかったってだけじゃなくて、しばらくしてNHKに就職して、初任地が大阪だったんで東京とおさらば、と

なるほど強制的にチャレンジャーから離れた、ってことか

そうだ。いい潮時だったと思うよ。山口巌のチャレンジャーがなんだか変なことになってる、ってのは大阪にいて風の便りで聞いたってことだよ。あと、山口巌自身も、例の小器用でウケのいい女子供音楽はきっぱり止めて、日本の伝統音楽や伝承音楽の方へ行った、と聞いたよ

とうとう本人も、変身か

そう。3年たってオレは大阪から東京へ戻って、チャレンジャーにももちろん顔出したけど、すでにめちゃくちゃな状態だったよ。山口巌は、自分の持っている高い志を実現するために、こんなチャレンジャーみたいなちっぽけなスパゲッティ居酒屋をあくせくやってる場合じゃない、っていう風になっていたんだよ

それで、とうとうチャレンジャーのマスターを辞める、ってわけだな

そうだ。思い出すな。誰かそのころの常連で勤め人の大人がいてね、その人が、山口さんがチャレンジャー辞めるって聞いて、「山口巌なんか世間ではどこの馬の骨だってところだろ。それでもチャレンジャーでマスターをやってる限りは大丈夫なんだよ。でも、マスター止めてみろよ、あいつ本当の馬の骨になっちまうぜ」って言ってたよ

それを聞いたときのお前はまだ若かったから、その馬の骨の意味が分からなかったと思うけど、いまとなっては切実にわかるだろ

ああ、まったくだ。結局、マスターを辞めた時点で、彼には、高すぎる志と、始めたばかりの日本伝統音楽の半端なスキルがあっただけで、それ以外には世間的に言ってゼロな人間だった。それで世の中を渡るのはかなり厳しい

それで、どうなったんだ

所沢の田舎に引き込んでね、日本伝承音楽を本格的に始めた。そして、その高い志の実現に邪魔にならないように、世俗的なことに心や時間を取られるべきではない、ということから、結局、仕事は一番下層なものをわざと選んで、それで食いつないでいたと聞いたよ。たしか、所沢の方の遊園地の清掃と切符もぎだったはずだ

それはつらいな、でもそれじゃあ長続きしないだろ

ああ、そりゃそうだろ。それまで大森の小さいとはいえチャレンジャーの中ではマスターだったわけで、言ってみればそこでは社長であり、王様だったわけだ、そこにいる限りはある意味、トップの座にゆうゆうと座って、自分の好きなことを言い、好きなことをやっていたわけだ。それが一転して、遊園地の切符もぎだ。誰も自分の言うことを聞いてくれるものはいない。付き合いの相手だって、まるで違う人種で話も通じない

それで?

結局、しばらくして体調を壊したとかで、仕事辞めただ、他へ移っただ、とかとか聞こえてきたよ。でも、彼はもう所沢から出てこっちにくることもなかったんで、すべてが風の便りだよ

それで山口巌は世間という広い海の底に沈んでそれで万事終了か

しかし、それが違うんだよ。もう、延々しゃべっちゃったんで、いい加減やめたいんだけど、実は、最初に山口巌について言いたかったことが、ここでようやく出てくるんだよ

まだ、あるか

おおありさ。あのね、それから何年もして、やっぱり風の便りでね、山口巌は、日本伝統芸能の篠笛というのを先生について習っていたんだけど、すごい勢いで上達し、たしか、たった3年で、師匠が、あなたにはもう私から教えられるものは何もない、免許皆伝です、だから、今度はあなたが弟子を取りなさい、と勧めたって言うんだ

すごいねえ、そうきたか。だてに遊園地の切符もぎやってたわけじゃないんだな

それでさ、山口巌の答えがいいわ、「私はまだ弟子を取れるほどではありません。私にはまだまだ極めないといけない道がたくさんあります。弟子は取らず、今まで以上に精進し、この道を極めるつもりです」とかなんとか師匠に答えたって言うんだ。求道という極めてストイックな精神を語って、スキル的にも、精神的にも、一気に師匠を超えてしまった、というわけだ

お前は山口巌のことを小器用なだけで考えが浅い、馬の骨だ、ってこき下ろしてたけど、結局、彼の執念の方が一枚上手だったということになるな。くやしいか?

いや、くやしいとは思わないが、それを聞いたときにオレに自然と浮かんだ言葉があるんだよ。それが、今回の長話のハイライトなの

なに?

馬鹿の一念岩をも通す

ははは! それが言いたかったのか!

そうなんだよー あー、疲れたー 長かったなー。それ以来さあ、オレはなにかというと、このセリフだぜ。「馬鹿の一念岩をも通す」 これだね

それ、シャレも兼ねてるの?

ん? 岩をも通すのイワオのこと?

そう

いや、シャレには違いないんだけど、俺ね、これ、マジで、「名前」の力って恐ろしいと思うんだよ。山口巌だけどさ、あいつって九州の田舎出身の、元は正真の田舎者なんだよ、で、そんなネイチャーは元は無いはずなのに、厳しい、という字の方向、つまり幽玄で高尚って方向に自然と進んで行ってさ、最後は「イワオも通してしまった」わけだよ。これは名前の力じゃないかと思ったよ

なるほどねー、名前のせいかどうか知らないけど、それにしても彼も変人だねえ、かなりの。それで、いま、彼どうしてんの

篠笛とギター、そして歌をつかって、日本の伝統音楽をやったり、わらべ歌などの日本の伝承音楽をやったり、篠笛のテクニックはさすが師匠を超えただけあって素晴らしいので、篠笛を使って西洋古典音楽のバッハとかを演奏したり、いろいろ活動してるよ

精力的だな。感心するわ

それだけじゃなくて、相変わらず、日本の古典精神をあれこれ追及しているらしく、仏教を基本として、たとえば法然、親鸞、空海などなど並み居る僧たち、世阿弥や西行や、とにかくそっち方面の研究をして、ひたすら清浄心を追い求めてるみたいだよ。

へえー、高尚な方面へまっしぐら、ってことか

さらに、数年前に所沢から故郷の宮崎の田舎へ戻って、そこに清浄庵という棲家を定めてそこに住み、活動しているらしいよ。

まるで昔の日本の、俗世を捨てた出家僧の最後みたいだな

どうかな、本人、元来が俗な人間なはずだし、まだまだ十分に俗っぽいところはあるとオレは思うけどね。ただね、チャレンジャー時代は、オレも若かったせいもあって、山口さんは俗っぽい、とか考えが浅いとか、あれこれ言ってたけど、彼の生来持っている「精力」には感心してたんだよ

精力?

そう、彼には、性欲も含めて精力絶倫なところがあったよ。オレは東京生まれ東京育ちの、根っからの都会人だけど、あいつは田舎出身で、なんだか土着の絶倫な欲望みたいなのがあったよ、都会人にはなかなか、ない。

その絶倫な彼が、今度は清浄心、ってわけで急転直下、180度転換ってわけだな?

ああ、ただね、これってそういうものかもしれないよ。絶倫な性欲を持った人間じゃないと、本当の悟りって開けないのかもしれないよ。まあ、山口巌が悟りを開いたとは思わないけど、彼を見てると、清浄心をひたすら追求するその姿が、絶倫性欲の裏返しに見える

なるほど、俺たちは山口巌を知っているから、裏返し、と言うけど、他人から見ると山口巌はすばらしい篠笛のテクニックを持ち、生の真理を探求し、それを清浄心に求める、一種の坊さんみたいに見えるはずだもんな。そして、その他人たちにはその姿がすべてだしな

そうだよ。たとえば若くして出家した西行だって、オレたちにはおびただしい句とともにああ見えているけど、若い血気と性欲と煩悩に焼き尽くされんばかりの人間だったかもしれず、そして、その煩悩は年老いて死ぬときまでもずっと彼の創作活動のエネルギーの源泉になっていた、と思えもするな

そう、そういうことだよ。山口巌についてオレが思ったのも、ほぼそんな感じだよ

そろそろやめるか

うん。それにしても山口巌に会うことも、無いだろうな。偶然会うことが無い限り

それほど会いたいとは思ってないだろ?

ああ、なんだか照れくさいしね。彼のホームページ見つけたし、デザインはめちゃくちゃだけど、物凄い量のコンテンツだわ、これ

その点、おまえのホームページにも似てるな。文章ばっかりじゃん

うん。彼のホームページ、つい最近も更新してるんで、完全アクティブだ。それをときどき覗くぐらいで、オレはいいよ

さて、長くなったなー それにしてもようやく長年思ってた山口巌の話がいちおう完結してよかったじゃないか

よかったよかった

じゃ、もう夜になったし、飯作ってビール飲んで山口巌のホームページでももう一回つらつら見てみようぜ

そうしよう!




山口巌のホームページはこちら



新どうでもいいこと21