戦前ブルース・レクチャー
さて、それでは「戦前ブルース」の講義を始めます。
実はこのレクチャーは、目黒のバーで2回、麻布のバーで1回の計3回やったんですが、目黒と麻布でお客さんの層が違っていたので、麻布の方ではいきなり戦前ブルースの話はせず、まず「ブルースとはなにか」から入ったんですよね。
このWebバージョンですが、ブルースとは何か、については別立てにすることにして、目黒でやったときみたいにいきなり戦前ブルースから入っちゃいますね。
しかし、実際にしゃべるレクチャーはその場限りだからいいけど、こうやって文字を残すとヘタなこと書けないね! 僕より詳しい人はいくらでもいると思うので、もし誤りなど見つけたら知らせてもらえれば幸いです、はい。
しかしあとやっぱ、文字を追うって面倒かも。そのうちビデオにでも撮りますか。とはいえ、とにかく始めます。ページの上の「次へ」ってのを押して進んでください。
実はこのレクチャーは、目黒のバーで2回、麻布のバーで1回の計3回やったんですが、目黒と麻布でお客さんの層が違っていたので、麻布の方ではいきなり戦前ブルースの話はせず、まず「ブルースとはなにか」から入ったんですよね。
このWebバージョンですが、ブルースとは何か、については別立てにすることにして、目黒でやったときみたいにいきなり戦前ブルースから入っちゃいますね。
しかし、実際にしゃべるレクチャーはその場限りだからいいけど、こうやって文字を残すとヘタなこと書けないね! 僕より詳しい人はいくらでもいると思うので、もし誤りなど見つけたら知らせてもらえれば幸いです、はい。
しかしあとやっぱ、文字を追うって面倒かも。そのうちビデオにでも撮りますか。とはいえ、とにかく始めます。ページの上の「次へ」ってのを押して進んでください。
それでは、このレクチャーの内容についてです。
まず、ブルースという音楽が生まれる前の時代の黒人音楽について音源も聞きながら紹介します。そして、アメリカ南部でブルースが生まれたのがだいたい1900年前後って言われているんですが、その「ブルースの誕生」に立ち会ってみましょう。そして、1920年代から1940年代ぐらいまでの「戦前ブルース」と呼ばれる、生ギターで歌われたブルースの主要なブルースマンたちを何人か紹介して行こうと思います。
いろいろ音源を用意しているんで、それなりに聞くだけでも楽しいと思います。
僕はギター弾きなんで、実は実際のレクチャーでは少しだけギターを使って戦前ブルース奏法なんかの解説をしました。でも、今回、それもまた別立てでね。
というわけで、よろしくおねがします。
まず、ブルースという音楽が生まれる前の時代の黒人音楽について音源も聞きながら紹介します。そして、アメリカ南部でブルースが生まれたのがだいたい1900年前後って言われているんですが、その「ブルースの誕生」に立ち会ってみましょう。そして、1920年代から1940年代ぐらいまでの「戦前ブルース」と呼ばれる、生ギターで歌われたブルースの主要なブルースマンたちを何人か紹介して行こうと思います。
いろいろ音源を用意しているんで、それなりに聞くだけでも楽しいと思います。
僕はギター弾きなんで、実は実際のレクチャーでは少しだけギターを使って戦前ブルース奏法なんかの解説をしました。でも、今回、それもまた別立てでね。
というわけで、よろしくおねがします。
それでは、ブルースが生まれる前の黒人音楽について見てゆきましょう。
アメリカでブルースが生まれたのはだいたい1900年前後と言われています。あとで紹介しますが、これは、いわゆるブルースの形式を持った音楽を目撃した初めての証言の日付が1903年だったことによります。
そういえば何年か前の2003年にアメリカで「ブルース生誕百年祭」ってのをやってたのを知ってますか? いろんなライブやイベントが開催されて、特に、マーチン・スコセッシをはじめとした映画監督がこの百年祭のためのブルースのショートフィルムを製作したりもしたので知っている人は覚えているでしょう。2003年から百年引くと1903年でしょう? つまり、その証言の年なんです。
というわけで、まず1900年より前の黒人音楽はどうだったのか。そして、そこからどんな風に1900年ごろになってブルースと呼ばれる音楽が生まれたのか見てゆきましょう。
そういえば何年か前の2003年にアメリカで「ブルース生誕百年祭」ってのをやってたのを知ってますか? いろんなライブやイベントが開催されて、特に、マーチン・スコセッシをはじめとした映画監督がこの百年祭のためのブルースのショートフィルムを製作したりもしたので知っている人は覚えているでしょう。2003年から百年引くと1903年でしょう? つまり、その証言の年なんです。
というわけで、まず1900年より前の黒人音楽はどうだったのか。そして、そこからどんな風に1900年ごろになってブルースと呼ばれる音楽が生まれたのか見てゆきましょう。
いつごろの話から始めるかなんですが、ここではかの「南北戦争」が終わったところからにします。
この写真はたぶん1800年代後半に撮られた奴隷たちの集合写真です。
南北戦争が北軍の勝利で終わったのが1865年。1900年のブルース誕生まで30年ちょっと間がありますね。南北戦争はご存知のように、奴隷制維持の南軍と奴隷解放の北軍の戦いで、結果は北軍が勝ったので、ここで奴隷制はオフィシャルには無くなりました。もっとも、この戦争は奴隷の解放の是非をめぐっての戦いというわけではなく、産業利害がきっかけのようです。ここは歴史の授業じゃないし、しかも自分は歴史が苦手(汗)なので、くわしくはネットなどで調べてみてくださいね。
さて、奴隷制はなくなりましたが、開放された黒人奴隷はどうなったかというと、それまで農場で奴隷として働いていた黒人が、今度は社会の最下層の労働者になったということです。しかもこのころは全黒人の9割が南部に住んでいて、容易に想像できると思うんですが、南部は戦争に負けて奴隷解放を余技なくされたけど、それだからこそ、解放された黒人に対する差別と偏見がひどく激しかった時代ということだと思います。
そんな大変な社会を彼らは生きていた、というわけです。
この写真はたぶん1800年代後半に撮られた奴隷たちの集合写真です。
南北戦争が北軍の勝利で終わったのが1865年。1900年のブルース誕生まで30年ちょっと間がありますね。南北戦争はご存知のように、奴隷制維持の南軍と奴隷解放の北軍の戦いで、結果は北軍が勝ったので、ここで奴隷制はオフィシャルには無くなりました。もっとも、この戦争は奴隷の解放の是非をめぐっての戦いというわけではなく、産業利害がきっかけのようです。ここは歴史の授業じゃないし、しかも自分は歴史が苦手(汗)なので、くわしくはネットなどで調べてみてくださいね。
さて、奴隷制はなくなりましたが、開放された黒人奴隷はどうなったかというと、それまで農場で奴隷として働いていた黒人が、今度は社会の最下層の労働者になったということです。しかもこのころは全黒人の9割が南部に住んでいて、容易に想像できると思うんですが、南部は戦争に負けて奴隷解放を余技なくされたけど、それだからこそ、解放された黒人に対する差別と偏見がひどく激しかった時代ということだと思います。
そんな大変な社会を彼らは生きていた、というわけです。
さて、この1800年後半に黒人たちはどんな音楽をやっていたのでしょう。
まず、これは実はアメリカの黒人音楽に限らずどこの国でもそうだと思うんですが、当時の音楽には「民族的」な音楽と「エンターテインメント的」な音楽がありました。
まあ、これは今でもそうとも言えますよね。単純に言うと民族音楽っていうのは自分たちのためのローカルな日常の音楽で、アマチュアの音楽みたいなもの。で、エンターテインメント音楽はプレーヤーとお客さんがいて客から見るとお出かけして聞くもので、プレイヤーはプロってわけです。まあ、アマとプロっていうか。
で、民族音楽系では、「ワークソング」と「フィールドハラー」ってのがありました。
で、エンターテインメント系ではいろいろあったんですが、「バラード」、「ゴスペル」、「ジャズの楽団」みたいなのがありました。
もちろん、これらの音楽はこんな風に明快に分けられるわけじゃなくて、いろいろオーバーラップしたりしてるんですが、このレクチャーは民俗学の話ではないので、わりと強引に分類してます、お許しを。興味を持った方はぜひ、いろいろ調べてみて、僕に教えて下さい(笑)
それでは、以上の初期の黒人音楽をひとつひとつ音源を聞きながら見てゆきましょう。
まず、これは実はアメリカの黒人音楽に限らずどこの国でもそうだと思うんですが、当時の音楽には「民族的」な音楽と「エンターテインメント的」な音楽がありました。
まあ、これは今でもそうとも言えますよね。単純に言うと民族音楽っていうのは自分たちのためのローカルな日常の音楽で、アマチュアの音楽みたいなもの。で、エンターテインメント音楽はプレーヤーとお客さんがいて客から見るとお出かけして聞くもので、プレイヤーはプロってわけです。まあ、アマとプロっていうか。
で、民族音楽系では、「ワークソング」と「フィールドハラー」ってのがありました。
で、エンターテインメント系ではいろいろあったんですが、「バラード」、「ゴスペル」、「ジャズの楽団」みたいなのがありました。
もちろん、これらの音楽はこんな風に明快に分けられるわけじゃなくて、いろいろオーバーラップしたりしてるんですが、このレクチャーは民俗学の話ではないので、わりと強引に分類してます、お許しを。興味を持った方はぜひ、いろいろ調べてみて、僕に教えて下さい(笑)
それでは、以上の初期の黒人音楽をひとつひとつ音源を聞きながら見てゆきましょう。
では、ブルース以前の黒人音楽、まずは民族音楽系の「ワークソング」です。
ワークソングはその名のとおり、おおぜいで仕事をするときに掛け声をかける中で生まれた音楽です。土地を掘り返したりとか、船をこいだりとか、鉄道の工事だとか、綿花の巨大な束を転がして運んだりとか、おおぜいがいっせいにリズミカルに作業する場で歌われた歌です。
この写真は1800年代のものではなく、戦前の刑務所の労役の写真のようです。
基本は、音頭を取る一人がワンフレーズ歌い、その後、その他のおおぜいが合唱で応え、そのタイミングで、つるはしを振り下ろしたり、なんか引っぱったりする、というわけです。
つまり「リードとコーラスのかけあい」、これを称して「コール・アンド・レスポンス」などと言ったりしますが、後のブルースではこの掛け合いのノリはとても重要です。というか、たとえば、歌をワンフレーズ歌ったあとにギターやピアノで合いの手フレーズを入れて、それを繰り返す、っていう手法は、今のポピュラーでも定番ですよね。では、聞いてみてください。
うーむ、ほとんど「与作」ですが、でもしばらく聞いていると、黒人音楽に聞こえてきますよね。ちなみにこの録音は、1800年代のものではなく、たしか1940年代に、アメリカの民族音楽に関する文化的研究をするためにかなり大々的なフィールドレコーディングが行われたのですが、そこから持ってきた音源です。実際には刑務所へ行って、そこの囚人たちに「ちょっとみんなでワークソングやってみてくれ、録音するから」って感じで録ったもののようです。
ワークソングはその名のとおり、おおぜいで仕事をするときに掛け声をかける中で生まれた音楽です。土地を掘り返したりとか、船をこいだりとか、鉄道の工事だとか、綿花の巨大な束を転がして運んだりとか、おおぜいがいっせいにリズミカルに作業する場で歌われた歌です。
この写真は1800年代のものではなく、戦前の刑務所の労役の写真のようです。
基本は、音頭を取る一人がワンフレーズ歌い、その後、その他のおおぜいが合唱で応え、そのタイミングで、つるはしを振り下ろしたり、なんか引っぱったりする、というわけです。
つまり「リードとコーラスのかけあい」、これを称して「コール・アンド・レスポンス」などと言ったりしますが、後のブルースではこの掛け合いのノリはとても重要です。というか、たとえば、歌をワンフレーズ歌ったあとにギターやピアノで合いの手フレーズを入れて、それを繰り返す、っていう手法は、今のポピュラーでも定番ですよね。では、聞いてみてください。
うーむ、ほとんど「与作」ですが、でもしばらく聞いていると、黒人音楽に聞こえてきますよね。ちなみにこの録音は、1800年代のものではなく、たしか1940年代に、アメリカの民族音楽に関する文化的研究をするためにかなり大々的なフィールドレコーディングが行われたのですが、そこから持ってきた音源です。実際には刑務所へ行って、そこの囚人たちに「ちょっとみんなでワークソングやってみてくれ、録音するから」って感じで録ったもののようです。
ブルース以前の黒人音楽、次は民族音楽系の「フィールドハラー」です。
この写真は、ミシシッピーの綿花畑で働く黒人たちです。フィールドハラーは、このように畑なんかで人がばらばらに働く場で歌われたものです。ひとくさりフレーズを歌っては黙る、みたいな感じでしょうか。
あと、こうしておおぜいがばらばらにいろんなところで働いているときは、誰かが歌うと、それに応えて違うところにいる誰かが歌って、というふうに、かけあい風に歌われることも多かったようです。ワークソングと違うのは、リズムがないということと、みなが対等に思いつくまま歌うってことでしょう。
では、聞いてみましょう。
これも1800年代の実際のものではなく、1941年の録音で、先のワークソングと同じく、ちょっとフィールドハラーやってみてくれって感じで録ったもののようです。
独特なメロディーですよね。もちろんワークソングもそうですが、このメロディーがのちのブルースの歌メロの原型となっているように思えます。
この写真は、ミシシッピーの綿花畑で働く黒人たちです。フィールドハラーは、このように畑なんかで人がばらばらに働く場で歌われたものです。ひとくさりフレーズを歌っては黙る、みたいな感じでしょうか。
あと、こうしておおぜいがばらばらにいろんなところで働いているときは、誰かが歌うと、それに応えて違うところにいる誰かが歌って、というふうに、かけあい風に歌われることも多かったようです。ワークソングと違うのは、リズムがないということと、みなが対等に思いつくまま歌うってことでしょう。
では、聞いてみましょう。
これも1800年代の実際のものではなく、1941年の録音で、先のワークソングと同じく、ちょっとフィールドハラーやってみてくれって感じで録ったもののようです。
独特なメロディーですよね。もちろんワークソングもそうですが、このメロディーがのちのブルースの歌メロの原型となっているように思えます。
さて、それでは次は、ブルース以前の黒人音楽、エンターテイメントの方なんですが、まずは「バラード」です。
今ではバラードというと、スローテンポでメロディアスな曲のことを言いますが、ここでいうバラードは「歌謡」ってな意味です。バラード(Ballad)の起源はずいぶん古いヨーロッパにあるようです。それで、アメリカ人は元はヨーロッパから渡ってきているので、当然、ヨーロッパの歌謡もそのままアメリカに入り定着しましたが、その歌謡を今度は黒人が歌ったわけです。
黒人の歌いまわしやメロディーの取り方は独特なので、バラードも独自の感じになっています。伝承物語のような感じの歌詞がついていて、だいたいが8小節とか12小節とかの単位で繰り返され物語が進行して行く、という形式だったようです。
ではそのバラードの例を聞いてみましょう。
これは、写真に写っているLead Bellyの「John Henry」というバラードで、ジョン・ヘンリーという伝説的人物に関する物語です。ジョン・ヘンリーは「ハンマー打ち」の労働者で、ある日、そのころ導入された蒸気機関ハンマーと壮絶な勝負をして、最後には蒸気機関に勝つんだけどその場で死んでしまう、という物語を歌にしています。
レッドベリーはほとんどダンス音楽っぽく演奏してますね。
ところで、こうした民衆に人気のあるバラードを歌って流すミュージシャンをソングスター(Songster)って呼んでました。レッドベリーは当時のソングスターの生き残りの一人で、12弦ギターを弾いて歌いますが、あらゆる種類のバラードそしてブルースを歌う凄腕の歌手だったそうです。
このバラードの、ひとまとまりの12小節なら12小節の歌を、何回も繰り返し歌って物語を語ってゆく、という手法がのちのブルースにも伝わっているのだと思います。
今ではバラードというと、スローテンポでメロディアスな曲のことを言いますが、ここでいうバラードは「歌謡」ってな意味です。バラード(Ballad)の起源はずいぶん古いヨーロッパにあるようです。それで、アメリカ人は元はヨーロッパから渡ってきているので、当然、ヨーロッパの歌謡もそのままアメリカに入り定着しましたが、その歌謡を今度は黒人が歌ったわけです。
黒人の歌いまわしやメロディーの取り方は独特なので、バラードも独自の感じになっています。伝承物語のような感じの歌詞がついていて、だいたいが8小節とか12小節とかの単位で繰り返され物語が進行して行く、という形式だったようです。
ではそのバラードの例を聞いてみましょう。
これは、写真に写っているLead Bellyの「John Henry」というバラードで、ジョン・ヘンリーという伝説的人物に関する物語です。ジョン・ヘンリーは「ハンマー打ち」の労働者で、ある日、そのころ導入された蒸気機関ハンマーと壮絶な勝負をして、最後には蒸気機関に勝つんだけどその場で死んでしまう、という物語を歌にしています。
レッドベリーはほとんどダンス音楽っぽく演奏してますね。
ところで、こうした民衆に人気のあるバラードを歌って流すミュージシャンをソングスター(Songster)って呼んでました。レッドベリーは当時のソングスターの生き残りの一人で、12弦ギターを弾いて歌いますが、あらゆる種類のバラードそしてブルースを歌う凄腕の歌手だったそうです。
このバラードの、ひとまとまりの12小節なら12小節の歌を、何回も繰り返し歌って物語を語ってゆく、という手法がのちのブルースにも伝わっているのだと思います。
はい、それではブルース以前のエンターテイメント音楽のそれ以外をまとめて紹介しちゃいましょう。
いわゆるジャズ(Jazz)的な音楽はブルースが生まれるより前にありました。ジャズの起源もそれほどはっきりしないんですが、ヨーロッパから渡ったいろんな楽器を使って集団でバンドで演奏するジャズは古くからあったんです。この写真は1800年代後半の初期のジャズバンドの写真で、よく見ると、コントラバスのようなベース、ギター、トランペット、トロンボーン、クラリネットなどの楽器が見えます。
ちょっと音を聞いてみてください。これって、いわゆるディキシーランド・ジャズですよね、1917年の録音だそうです。でも、なんとなく響きが古臭い感じですよね。古いアメリカ映画によく出てくるディキシージャズって感じ。
こういった黒人ミュージシャンで編成されたジャズバンドは、演劇やいろんなショーなどに入り、稼いでいたようです。いわゆるインプロヴィゼーション(アドリブ)もすでに行われていました。
ジャズに加え、ラグタイムという音楽もすでにこの頃からありました。有名なのはScott Joplinですね。聞いてみてください、これもけっこう聞きなれたらラグタイムの陽気な響きですよね。
あと、教会で歌われた音楽にゴスペルがあります。黒人の教会は独特で、礼拝堂で歌われるいわゆる賛美歌も黒人風にアレンジされ、みなかなり激しく歌って踊ったそうです。ゴスペルは昨今、日本でも流行って、ゴスペル教室で習ったりするぐらいになりましたから知っている人も多いでしょう。ゴスペルの起源はブルースより古い1800年代からあったのだから驚きですよね。
以上、ジャズ、ラグタイム、ゴスペルと駆け足で紹介しましたが、これらは集団で歌って踊っていうノリが共通していて、基本、黒人音楽のダンスミュージック的なところを作っていった、という感じが大きいと思います。
いわゆるジャズ(Jazz)的な音楽はブルースが生まれるより前にありました。ジャズの起源もそれほどはっきりしないんですが、ヨーロッパから渡ったいろんな楽器を使って集団でバンドで演奏するジャズは古くからあったんです。この写真は1800年代後半の初期のジャズバンドの写真で、よく見ると、コントラバスのようなベース、ギター、トランペット、トロンボーン、クラリネットなどの楽器が見えます。
ちょっと音を聞いてみてください。これって、いわゆるディキシーランド・ジャズですよね、1917年の録音だそうです。でも、なんとなく響きが古臭い感じですよね。古いアメリカ映画によく出てくるディキシージャズって感じ。
こういった黒人ミュージシャンで編成されたジャズバンドは、演劇やいろんなショーなどに入り、稼いでいたようです。いわゆるインプロヴィゼーション(アドリブ)もすでに行われていました。
ジャズに加え、ラグタイムという音楽もすでにこの頃からありました。有名なのはScott Joplinですね。聞いてみてください、これもけっこう聞きなれたらラグタイムの陽気な響きですよね。
あと、教会で歌われた音楽にゴスペルがあります。黒人の教会は独特で、礼拝堂で歌われるいわゆる賛美歌も黒人風にアレンジされ、みなかなり激しく歌って踊ったそうです。ゴスペルは昨今、日本でも流行って、ゴスペル教室で習ったりするぐらいになりましたから知っている人も多いでしょう。ゴスペルの起源はブルースより古い1800年代からあったのだから驚きですよね。
以上、ジャズ、ラグタイム、ゴスペルと駆け足で紹介しましたが、これらは集団で歌って踊っていうノリが共通していて、基本、黒人音楽のダンスミュージック的なところを作っていった、という感じが大きいと思います。
それでは、ここらでまとめましょう。
上のスライドには、これまで紹介したブルース以前の黒人音楽のワークソング、フィールドハラー、バラード、初期のジャズといった音楽でその後に現れるブルースに引き継がれていった要素のようなものを対照させて書いてみました。
こういったそれまでの黒人音楽の要素が土壌としてある中で、1865年に奴隷制が終わり、土地に縛られていた黒人奴隷が解放され、いっそう厳しくなった差別社会の中で最下層の労働者として自由になった、そんな黒人たちの生活の中から、新しい音楽が生まれます。それが「ブルース」なのです。
では、ブルースというのはどんな音楽だったのでしょう。
まず、ブルースマンたちは個人的な経験を歌いはじめたんですね。伝説とか物語とかより、超個人的なことを勝手に歌い始めたわけです。なので、その音楽は独り言みたいにしゃべることが基本で、特にギターという楽器はそういう「声」にぴったり合った楽器だったようです。
ギターは軽いので、どこへも持ち歩けるし、管楽器と違って弾きながら歌えるし、調弦を変えて彼らの好みの不協和音的な響きも簡単に出せるし、弦をチョーキングしたりスライドバーを使ったりしてしゃべるような効果も出せた、というふうに、彼らのニーズにぴったりだったんです。
ブルースは歌とギターの音楽として生まれたと言っていいと思います。
それから、これは面白いなと思うんですが、ブルースというのは黒人音楽の中で意外と遅れて出てきた音楽だった、ということです。当時で言えば、すごくモダンな音楽だったんですね。
奴隷制が無くなってから30年ほどの間にブルースが生まれた、というのは決して偶然ではなく、奴隷制から解放されて自由になった社会最下層の黒人たちの、生活の苦しみと、また喜びと、そんなものの混合から生まれたのだと思います。
上のスライドには、これまで紹介したブルース以前の黒人音楽のワークソング、フィールドハラー、バラード、初期のジャズといった音楽でその後に現れるブルースに引き継がれていった要素のようなものを対照させて書いてみました。
こういったそれまでの黒人音楽の要素が土壌としてある中で、1865年に奴隷制が終わり、土地に縛られていた黒人奴隷が解放され、いっそう厳しくなった差別社会の中で最下層の労働者として自由になった、そんな黒人たちの生活の中から、新しい音楽が生まれます。それが「ブルース」なのです。
では、ブルースというのはどんな音楽だったのでしょう。
まず、ブルースマンたちは個人的な経験を歌いはじめたんですね。伝説とか物語とかより、超個人的なことを勝手に歌い始めたわけです。なので、その音楽は独り言みたいにしゃべることが基本で、特にギターという楽器はそういう「声」にぴったり合った楽器だったようです。
ギターは軽いので、どこへも持ち歩けるし、管楽器と違って弾きながら歌えるし、調弦を変えて彼らの好みの不協和音的な響きも簡単に出せるし、弦をチョーキングしたりスライドバーを使ったりしてしゃべるような効果も出せた、というふうに、彼らのニーズにぴったりだったんです。
ブルースは歌とギターの音楽として生まれたと言っていいと思います。
それから、これは面白いなと思うんですが、ブルースというのは黒人音楽の中で意外と遅れて出てきた音楽だった、ということです。当時で言えば、すごくモダンな音楽だったんですね。
奴隷制が無くなってから30年ほどの間にブルースが生まれた、というのは決して偶然ではなく、奴隷制から解放されて自由になった社会最下層の黒人たちの、生活の苦しみと、また喜びと、そんなものの混合から生まれたのだと思います。
これでブルース以前の黒人音楽の話を終えて、いよいよブルースの誕生の話をしましょう。
冒頭にも言いましたが、ブルースが生まれたのは1900年前後だと言われています。W.C.ハンディーというミュージシャン兼作曲家が1903年に最初のブルースの目撃証言を残していて、それによります。
ちなみにこのW.C.ハンディーも黒人ですが、当時のいわゆる中産階級の黒人だったようです。これまでずっと黒人を最下層の労働者と言ってきましたが、開放から何十年もたつと当然ながらお金を持っている黒人も現れます。ハンディーは正規の音楽教育も受けていて、有名な作曲家として名を残しています。たとえばジャズのスタンダードにもなっているSaint Louis Bluesは彼の作曲です。
1903年のある日、ハンディーが、ミシシッピー州のタトワイラーの田舎の駅で7時間だか8時間だかおそろしく遅れた汽車を待っているときの出来事です。うとうととしていたら、駅にいた痩せた骨だけみたいな黒人がギターを弾いて歌いだしたそうです。
その音楽があまりに異様な響きだったのでハンディーは驚き、強い印象を受けたといいます。
ちなみにこのW.C.ハンディーも黒人ですが、当時のいわゆる中産階級の黒人だったようです。これまでずっと黒人を最下層の労働者と言ってきましたが、開放から何十年もたつと当然ながらお金を持っている黒人も現れます。ハンディーは正規の音楽教育も受けていて、有名な作曲家として名を残しています。たとえばジャズのスタンダードにもなっているSaint Louis Bluesは彼の作曲です。
1903年のある日、ハンディーが、ミシシッピー州のタトワイラーの田舎の駅で7時間だか8時間だかおそろしく遅れた汽車を待っているときの出来事です。うとうととしていたら、駅にいた痩せた骨だけみたいな黒人がギターを弾いて歌いだしたそうです。
その音楽があまりに異様な響きだったのでハンディーは驚き、強い印象を受けたといいます。
これが、1903年にW.C.ハンディーが残した記録です。
「演奏しているうちに彼は、ハワイアンギターの演奏者が鉄の棒を使ってよくやるように、ギターの弦にナイフを押し付けた。そのかもしだす効果は一度聞いたらもう忘れられないようなものだった。歌もたちまち私の心を捉えてしまった。
サザン線とドッグ線がクロスしているところへ行くんだ
歌い手は、私が今まで聞いたこともなかったような不気味な音の伴奏を自分でつけながら、この行を三回繰り返した」
この黒人がやっていた音楽がブルースだったのです。
ナイフの背をギターの弦に当てて弾く奏法はその後「ナイフギター」と呼ばれ、いわゆるボトルネックギターとかスライドギターとか言われているブルースの奏法と同じです。
歌詞の「I'm goin' where the Southern cross the Dog.」は、その後のブルースの録音にもときどき現れる決まり文句的なせりふです。この行を3回繰り返した、というのもブルースの形式そのものです。
それから、「聞いたこともなかったような不気味な音の伴奏」というのも面白いですね。これまでに紹介したブルース以前の黒人音楽に親しんだ耳をもってしても、ブルースの調べは相当に「異様」な響きに感じられたということです。
新しい音楽の誕生だったのです。
「演奏しているうちに彼は、ハワイアンギターの演奏者が鉄の棒を使ってよくやるように、ギターの弦にナイフを押し付けた。そのかもしだす効果は一度聞いたらもう忘れられないようなものだった。歌もたちまち私の心を捉えてしまった。
サザン線とドッグ線がクロスしているところへ行くんだ
歌い手は、私が今まで聞いたこともなかったような不気味な音の伴奏を自分でつけながら、この行を三回繰り返した」
この黒人がやっていた音楽がブルースだったのです。
ナイフの背をギターの弦に当てて弾く奏法はその後「ナイフギター」と呼ばれ、いわゆるボトルネックギターとかスライドギターとか言われているブルースの奏法と同じです。
歌詞の「I'm goin' where the Southern cross the Dog.」は、その後のブルースの録音にもときどき現れる決まり文句的なせりふです。この行を3回繰り返した、というのもブルースの形式そのものです。
それから、「聞いたこともなかったような不気味な音の伴奏」というのも面白いですね。これまでに紹介したブルース以前の黒人音楽に親しんだ耳をもってしても、ブルースの調べは相当に「異様」な響きに感じられたということです。
新しい音楽の誕生だったのです。
このときにハンディーが聞いたブルースが何だったかは分かりませんが、ここでミシシッピーで活躍した有名なブルースマンのチャーリー・パットンのMean Black Cat Bluesを聞いてみましょう。
さっきまで聞いてきたブルース以前の黒人音楽の響きをもう一度思い出して、そういう音楽しかなかった環境にがんばって自分の身を置いてみて、そしてこの初期のブルースがいったいどんな風に感じられるか、想像力を働かせて聞いてみて欲しいのです。
いかがでしょう。
ひょっとするとブルースがすでにポピュラー音楽の一部になってしまった僕らの感覚から聞いても「異様」に聞こえるかもしれませんね。この録音は1929年の録音ですが、これが誕生当時のブルースの響きだと言ってもいいと思います。
これはチャーリー・パットンが生ギターを弾きながら歌っているいわゆる弾き語りです。ギターはオープンチューニングでスライドバーか、あるいはナイフを使って歌のメロディーとユニゾンっぽく弾いてますね。歌詞は、女を猫にたとえて、いやな黒猫が俺のベッドの周りとうろついてる、とか、ドアを引っ掻いてる、とか、こんな猫に悩まされてるならいつか朝になったら殺してやる、とかそんなようなことを歌っているようです。
いやー、しかし、すばらしい音楽ですね。
さっきまで聞いてきたブルース以前の黒人音楽の響きをもう一度思い出して、そういう音楽しかなかった環境にがんばって自分の身を置いてみて、そしてこの初期のブルースがいったいどんな風に感じられるか、想像力を働かせて聞いてみて欲しいのです。
いかがでしょう。
ひょっとするとブルースがすでにポピュラー音楽の一部になってしまった僕らの感覚から聞いても「異様」に聞こえるかもしれませんね。この録音は1929年の録音ですが、これが誕生当時のブルースの響きだと言ってもいいと思います。
これはチャーリー・パットンが生ギターを弾きながら歌っているいわゆる弾き語りです。ギターはオープンチューニングでスライドバーか、あるいはナイフを使って歌のメロディーとユニゾンっぽく弾いてますね。歌詞は、女を猫にたとえて、いやな黒猫が俺のベッドの周りとうろついてる、とか、ドアを引っ掻いてる、とか、こんな猫に悩まされてるならいつか朝になったら殺してやる、とかそんなようなことを歌っているようです。
いやー、しかし、すばらしい音楽ですね。
はい、ブルースの誕生を聞いてもらいましたが、ブルースについてもう少し客観的に見てみましょう。
まず、音楽の形式としてのブルースですが、音楽をやっている人はよく知っているように、キーがEだったら、E7とA7とB7の3つの和音を使います。ドミソとドファラとシレソの和音(のセブンス)ですね。このスリーコードを12小節でひとまとまりのコード進行にして、それに「I-I-II」で作られた歌詞を、黒人音楽に独特なブルーノートと言われる音階で作ったメロディを乗せて歌い、これを繰り返し繰り返し好きなだけやります。
これが音楽形式からみたブルースですね。ブルースを演奏したことがある人だったら、よく知っているおなじみの形式です。ジャムセッションなどで「12小節のスリーコードね」と言えば、まずそれはこのようなブルース形式を指します。
それでは、以上の形式をもう少し詳しく説明しましょう。
まず、音楽の形式としてのブルースですが、音楽をやっている人はよく知っているように、キーがEだったら、E7とA7とB7の3つの和音を使います。ドミソとドファラとシレソの和音(のセブンス)ですね。このスリーコードを12小節でひとまとまりのコード進行にして、それに「I-I-II」で作られた歌詞を、黒人音楽に独特なブルーノートと言われる音階で作ったメロディを乗せて歌い、これを繰り返し繰り返し好きなだけやります。
これが音楽形式からみたブルースですね。ブルースを演奏したことがある人だったら、よく知っているおなじみの形式です。ジャムセッションなどで「12小節のスリーコードね」と言えば、まずそれはこのようなブルース形式を指します。
それでは、以上の形式をもう少し詳しく説明しましょう。
まずはブルースのコード進行と歌詞についてです。
上のスライドが典型的なブルースの12小節1コーラス分です。歌詞はブルースのスタンダード「Sweet Home Chicago」にしてあります。
まず、12小節はこのように4小節単位で3つに分かれてます。それで、キーがEの場合、最初の4小節がE7主体、次の4小節がA7主体、最後の4小節がB7主体、という風になっています。音楽用語で言うとトニック(E)、サブドミナント(A)、ドミナント(B)の配置です。
基本はこれだけです。簡単ですね。このコード進行さえ覚えておけば、すぐに演奏できるし、人と一緒に演奏もできるし、ブルースはその点、めちゃくちゃイージーでラクです。
次に歌詞ですが、最初の4小節と次の4小節は同じ歌詞を歌い、最後の4小節でその締めを歌います。起承転結で言えば「起、起’、結」で、これまた簡単です。しかも、「起」と「起’」はコードは違うんですが、同じメロディーで歌ってしまうことが多いです。
以上、これは基本形なのでこのほかにいろいろバリエーションはあるのですが、だいたいこの基本に沿って展開するのがブルースです。
上のスライドが典型的なブルースの12小節1コーラス分です。歌詞はブルースのスタンダード「Sweet Home Chicago」にしてあります。
まず、12小節はこのように4小節単位で3つに分かれてます。それで、キーがEの場合、最初の4小節がE7主体、次の4小節がA7主体、最後の4小節がB7主体、という風になっています。音楽用語で言うとトニック(E)、サブドミナント(A)、ドミナント(B)の配置です。
基本はこれだけです。簡単ですね。このコード進行さえ覚えておけば、すぐに演奏できるし、人と一緒に演奏もできるし、ブルースはその点、めちゃくちゃイージーでラクです。
次に歌詞ですが、最初の4小節と次の4小節は同じ歌詞を歌い、最後の4小節でその締めを歌います。起承転結で言えば「起、起’、結」で、これまた簡単です。しかも、「起」と「起’」はコードは違うんですが、同じメロディーで歌ってしまうことが多いです。
以上、これは基本形なのでこのほかにいろいろバリエーションはあるのですが、だいたいこの基本に沿って展開するのがブルースです。
はい、次はブルースの歌のメロディについてです。
ブルースのメロディはふつうブルーノートと呼ばれる音階で作ります。ではブルーノートというのはどういう音階かと言うと、これは実はそれなりに諸説あるみたいなんですが、きわめて一般的に言うと上のスライドの通りです。
長調のドレミファソラシドの3番目、5番目、7番目の音をフラットさせて作った音階です。なぜこうなるのかはよく分かりませんが、黒人が元々のアフリカから持ち込んだ音階感とアメリカにすでにあった音階とがミックスされてできた、みたいに言われることがありますが真相は分かりません。
ここで特に3度の音をフラットしていますが、この3度の音はメロディが長調的になるか短調的になるかに大きく影響する部分で(それにしても、なんでそうなるんでしょうね? 不思議)、ブルースではここをフラットするのでメロディは短調的になりちょっと悲しい響きに聞こえます。
もっとも黒人たちが歌うメロディをよくよく聞いてみるとこの3度は完全に半音下がりはせず少し中途半端に下がった感じがあります。
あと5度のフラットをカッコに入れてますが、これはフラットしない5度も使う、という程度の意味です。7度も半音下がり、これがいわゆるブルースにつきもののセブンス(7th)の音です。
実はこのブルーノートの解説は主にジャズの世界での解説で、ブルースの歌のメロディを調べてみるとこれほど音数はなく、もっとシンプルです。今回の話は音楽解説じゃないのでこれ以上深入りしませんが、ペンタトニックという5つの音で説明されることが多いです。音階で言うと「1、3フラット、4,5、7フラット」の5つです。
もっともメロディの話というのは以上の音階だけじゃまったくの片手落ちで、この音階をどのように時間に沿って繰り出すかが重要なんですが、それはすごく体系化しにくいのですね。
以上で「音楽形式のブルース」を終わって、次は「意味としてのブルース」に行きましょう。
ブルースのメロディはふつうブルーノートと呼ばれる音階で作ります。ではブルーノートというのはどういう音階かと言うと、これは実はそれなりに諸説あるみたいなんですが、きわめて一般的に言うと上のスライドの通りです。
長調のドレミファソラシドの3番目、5番目、7番目の音をフラットさせて作った音階です。なぜこうなるのかはよく分かりませんが、黒人が元々のアフリカから持ち込んだ音階感とアメリカにすでにあった音階とがミックスされてできた、みたいに言われることがありますが真相は分かりません。
ここで特に3度の音をフラットしていますが、この3度の音はメロディが長調的になるか短調的になるかに大きく影響する部分で(それにしても、なんでそうなるんでしょうね? 不思議)、ブルースではここをフラットするのでメロディは短調的になりちょっと悲しい響きに聞こえます。
もっとも黒人たちが歌うメロディをよくよく聞いてみるとこの3度は完全に半音下がりはせず少し中途半端に下がった感じがあります。
あと5度のフラットをカッコに入れてますが、これはフラットしない5度も使う、という程度の意味です。7度も半音下がり、これがいわゆるブルースにつきもののセブンス(7th)の音です。
実はこのブルーノートの解説は主にジャズの世界での解説で、ブルースの歌のメロディを調べてみるとこれほど音数はなく、もっとシンプルです。今回の話は音楽解説じゃないのでこれ以上深入りしませんが、ペンタトニックという5つの音で説明されることが多いです。音階で言うと「1、3フラット、4,5、7フラット」の5つです。
もっともメロディの話というのは以上の音階だけじゃまったくの片手落ちで、この音階をどのように時間に沿って繰り出すかが重要なんですが、それはすごく体系化しにくいのですね。
以上で「音楽形式のブルース」を終わって、次は「意味としてのブルース」に行きましょう。
これまでブルース以前の黒人音楽のいくつかと、その土壌の中で生まれたブルースという新しい音楽の紹介をしました。
つまり、ワークソング(コール・アンド・レスポンス)、フィールドハラー(ブルースっぽいメロディ)、バラード(12小節を繰り返して語る)、初期のジャズ(集団で踊る)というものからブルースという形式が生まれてきたのです。
これを意味的に考えると、スライドの左に書いたブルース以前の音楽には、仕事と集団ということが見て取れると思います。仕事しながら歌う、あるいは皆で集まって騒ぎながら演奏、踊りながら、そして神に祈りながら、ってわけです。
それに対してブルースという新しい音楽は、それらとわりと反対の方向を向いていて、仕事してないで暇してるとき、個人的な事がらについて独白的にしゃべって歌う、というイメージが強い音楽なのが分かると思います。
この集団から個人へ、という動きは、やはり奴隷制が終わって自由になって動き回れるようになった個人、という社会的な事情と平行しているように見えます。面白いですね。
音楽的に言うと、ちょうどこの事情に対応するものにコーダルとモーダルというのがあります。この言葉は主にジャズの世界でよく使いますが、めちゃめちゃ乱暴に言うと、コード進行に沿って展開する音楽がコーダル、ルート音だけ決めてメロディのおもむくままに展開する音楽がモーダルです。
このコーダルとモーダルの対照も、ジャズや音楽の歴史に繰り返し現れるのですが、ブルース以前の音楽からブルースが生まれた移り変わりも、コーダルからモーダルへ、という移行に平行して見えます。これまた面白いですね。
まあ、以上は僕の考え、ということもあり、参考ていどに思ってくださいね。
つまり、ワークソング(コール・アンド・レスポンス)、フィールドハラー(ブルースっぽいメロディ)、バラード(12小節を繰り返して語る)、初期のジャズ(集団で踊る)というものからブルースという形式が生まれてきたのです。
これを意味的に考えると、スライドの左に書いたブルース以前の音楽には、仕事と集団ということが見て取れると思います。仕事しながら歌う、あるいは皆で集まって騒ぎながら演奏、踊りながら、そして神に祈りながら、ってわけです。
それに対してブルースという新しい音楽は、それらとわりと反対の方向を向いていて、仕事してないで暇してるとき、個人的な事がらについて独白的にしゃべって歌う、というイメージが強い音楽なのが分かると思います。
この集団から個人へ、という動きは、やはり奴隷制が終わって自由になって動き回れるようになった個人、という社会的な事情と平行しているように見えます。面白いですね。
音楽的に言うと、ちょうどこの事情に対応するものにコーダルとモーダルというのがあります。この言葉は主にジャズの世界でよく使いますが、めちゃめちゃ乱暴に言うと、コード進行に沿って展開する音楽がコーダル、ルート音だけ決めてメロディのおもむくままに展開する音楽がモーダルです。
このコーダルとモーダルの対照も、ジャズや音楽の歴史に繰り返し現れるのですが、ブルース以前の音楽からブルースが生まれた移り変わりも、コーダルからモーダルへ、という移行に平行して見えます。これまた面白いですね。
まあ、以上は僕の考え、ということもあり、参考ていどに思ってくださいね。
さて、以上でブルースの誕生の歴史とその意味について語ってきました。
1900年ごろに黒人の中に生まれたブルースという音楽は、ほぼまたたく間に黒人たちの間に広まっていったようです。1920年代に入ってレコーディングをしてレコードをプレスして量産できるようになると、ブルースのレコードが黒人客層ターゲットの商売として始まります。
それで、レコーディングが始まった1920年代後半ぐらいから戦争(2次大戦)が起きる1940年ぐらいまでの間にレコーディングされたブルースを一般に戦前ブルースと呼びます。
ところでエレキギターが本格的に使えるようになったのは1940年以降なので、戦前ブルースはほとんどアコースティックです。しかも、ギター一本で弾き語りする形態が一番多かったようです。
今の僕らのようにギターという楽器に先入観が無かったからなのか、もう、あの手この手でいろんな奏法をこれでもかというほど発明しているのが戦前のブルースマンの面白いところです。
というわけで、講義の後半は、この戦前ブルースのいろんなブルースマンたちを一人ずつ取り上げて、その音源を聞きながら紹介してゆきましょう。
このころのブルースには、その地域によって何となく特色があります。よく3つぐらいに分けることが多いのでここでもそうします。ミシシッピーデルタブルース、テキサスブルース、そしてイーストコーストブルースです。
1900年ごろに黒人の中に生まれたブルースという音楽は、ほぼまたたく間に黒人たちの間に広まっていったようです。1920年代に入ってレコーディングをしてレコードをプレスして量産できるようになると、ブルースのレコードが黒人客層ターゲットの商売として始まります。
それで、レコーディングが始まった1920年代後半ぐらいから戦争(2次大戦)が起きる1940年ぐらいまでの間にレコーディングされたブルースを一般に戦前ブルースと呼びます。
ところでエレキギターが本格的に使えるようになったのは1940年以降なので、戦前ブルースはほとんどアコースティックです。しかも、ギター一本で弾き語りする形態が一番多かったようです。
今の僕らのようにギターという楽器に先入観が無かったからなのか、もう、あの手この手でいろんな奏法をこれでもかというほど発明しているのが戦前のブルースマンの面白いところです。
というわけで、講義の後半は、この戦前ブルースのいろんなブルースマンたちを一人ずつ取り上げて、その音源を聞きながら紹介してゆきましょう。
このころのブルースには、その地域によって何となく特色があります。よく3つぐらいに分けることが多いのでここでもそうします。ミシシッピーデルタブルース、テキサスブルース、そしてイーストコーストブルースです。
地図で見るとこんな感じです。
ブルースの誕生でお話しした記録上初めてのブルースはミシシッピー州での出来事でした。やはり、ブルースの生誕の地ということになると、このミシシッピーということになるでしょう。特に、ミシシッピー川とヤズー川に囲まれたあたりをデルタ地帯と呼んだようで、ここから多くのブルースマンたちが現れました。
というわけで、この地域のブルースをミシシッピーデルタブルースと称したりします。
そしてこのデルタから西へ行くとテキサス州があります。特にテキサスのオースティンは今でもブルースで有名ですよね。このテキサス一帯のブルースをテキサスブルースと呼んでます。
それから今度はミシシッピーから東の方へ行ったジョージア州の特にアトランタあたりで生まれたブルースをイーストコースとブルースと呼んだりします。
これら3つのブルースの特色が完全にはっきり分かれているわけではないんですが、なんとなくノリの違いがあります。
ということで、ここではこの3つのブルースの中からそれぞれ2,3人ずつ選んで紹介します。ただ、2,3人に絞るというのは本当は無理な話で、それぞれ10人ぐらいは語らないとダメなんですが、そんなに時間もないし、ここは泣く泣く2,3人ということで、よろしくお願いします。
興味がある人は、ネットなどで調べてみてください。特に日本はなぜかブルースがとても人気がある国で、さらに戦前ブルースのファンもおおぜいいます。そのせいなのか、ネットを探すとけっこう丁寧に網羅的にブルースを紹介しているサイトがいくつも見つかります。しかし、なぜでしょうね? 分かりません。
ブルースの誕生でお話しした記録上初めてのブルースはミシシッピー州での出来事でした。やはり、ブルースの生誕の地ということになると、このミシシッピーということになるでしょう。特に、ミシシッピー川とヤズー川に囲まれたあたりをデルタ地帯と呼んだようで、ここから多くのブルースマンたちが現れました。
というわけで、この地域のブルースをミシシッピーデルタブルースと称したりします。
そしてこのデルタから西へ行くとテキサス州があります。特にテキサスのオースティンは今でもブルースで有名ですよね。このテキサス一帯のブルースをテキサスブルースと呼んでます。
それから今度はミシシッピーから東の方へ行ったジョージア州の特にアトランタあたりで生まれたブルースをイーストコースとブルースと呼んだりします。
これら3つのブルースの特色が完全にはっきり分かれているわけではないんですが、なんとなくノリの違いがあります。
ということで、ここではこの3つのブルースの中からそれぞれ2,3人ずつ選んで紹介します。ただ、2,3人に絞るというのは本当は無理な話で、それぞれ10人ぐらいは語らないとダメなんですが、そんなに時間もないし、ここは泣く泣く2,3人ということで、よろしくお願いします。
興味がある人は、ネットなどで調べてみてください。特に日本はなぜかブルースがとても人気がある国で、さらに戦前ブルースのファンもおおぜいいます。そのせいなのか、ネットを探すとけっこう丁寧に網羅的にブルースを紹介しているサイトがいくつも見つかります。しかし、なぜでしょうね? 分かりません。
それではまず最初にミシシッピーブルースの紹介から行きましょう。ここでは、チャーリー・パットン、ウィリー・ブラウン、サン・ハウスの3人を紹介します。
まずはチャーリー・パットンです。
デルタブルースといえばパットンの名前が一番に出てくるのはこれは常識なほど有名なデルタブルースマンです。さっきのブルースの誕生でもパットンの曲を取り上げましたよね。
この写真はパットンの唯一の写真のようで、これ以外に無いです。髪の毛などウェーブがかかっていていろんな血が混じっていた人だったそうです。
デルタ地帯にあったドッケリー農場で活躍した人で、その界隈のデルタブルースコミュニティのボス的な存在でした。実にかなり多くのブルースマンたちがパットンの影響を受けています。古い人なのでブルースだけでなくソングスター的なバラードも多く演奏していました。彼のレコードを聞くと、ソングスターっぽいレパートリーが三分の一ぐらいでしょうか。
それから、これは音と写真だけは分からないんですが、証言によると演奏するときのパフォーマンスがかなり派手だったそうです。背中で弾いたり股の下で弾いたりいろいろやってたそうです。この手のパフォーマンスはジミヘンが発明したみたいに思っている人もいるかもしれませんが、実は、すでにパットンあたりにいわゆる曲芸弾きはやられていて、その後のブルースマンたちに綿々と引き継がれ、それでジミヘンもそうしてそれを引き継いだんです。
あと、この写真も良く見ると面白いです。ギターを寝かして持っていますが、左手に注目すると、これは単にネックに手を置いただけじゃなくて明らかに力を入れて弦を押さえてますよね。パットンはこんな風に演奏も出来たんですね。たぶん動いて弾いているパットンが見られたら、そのすごい曲弾きにビックリ仰天すると思いますね~
あと最後にパットンは無類の「女好き酒好き喧嘩好き」だったそうです。ただ、このあとにもブルースマンがいろいろ出てきますが、大半の人間がこれに当てはまるので、まあ、以下省略みたいな感じです(笑)
デルタブルースといえばパットンの名前が一番に出てくるのはこれは常識なほど有名なデルタブルースマンです。さっきのブルースの誕生でもパットンの曲を取り上げましたよね。
この写真はパットンの唯一の写真のようで、これ以外に無いです。髪の毛などウェーブがかかっていていろんな血が混じっていた人だったそうです。
デルタ地帯にあったドッケリー農場で活躍した人で、その界隈のデルタブルースコミュニティのボス的な存在でした。実にかなり多くのブルースマンたちがパットンの影響を受けています。古い人なのでブルースだけでなくソングスター的なバラードも多く演奏していました。彼のレコードを聞くと、ソングスターっぽいレパートリーが三分の一ぐらいでしょうか。
それから、これは音と写真だけは分からないんですが、証言によると演奏するときのパフォーマンスがかなり派手だったそうです。背中で弾いたり股の下で弾いたりいろいろやってたそうです。この手のパフォーマンスはジミヘンが発明したみたいに思っている人もいるかもしれませんが、実は、すでにパットンあたりにいわゆる曲芸弾きはやられていて、その後のブルースマンたちに綿々と引き継がれ、それでジミヘンもそうしてそれを引き継いだんです。
あと、この写真も良く見ると面白いです。ギターを寝かして持っていますが、左手に注目すると、これは単にネックに手を置いただけじゃなくて明らかに力を入れて弦を押さえてますよね。パットンはこんな風に演奏も出来たんですね。たぶん動いて弾いているパットンが見られたら、そのすごい曲弾きにビックリ仰天すると思いますね~
あと最後にパットンは無類の「女好き酒好き喧嘩好き」だったそうです。ただ、このあとにもブルースマンがいろいろ出てきますが、大半の人間がこれに当てはまるので、まあ、以下省略みたいな感じです(笑)
それではチャーリー・パットンを聞いてみましょう。ここではすべて1929年の録音になっています。
最初の3曲はソングスターのレパートリーです。まず、シェイク・イット・ブレイク・イットです。
なんとなく牧歌的なゆるい曲だな、って感じですがパットンがあのダミ声で歌うと独特のリズミカルな味がありますよね。次はスプーンフル・ブルースです。
ブルースという題名ですが3コードではなく、E、C#、F#、Bという循環コードの面白い進行です。ここでSpoonfulというのはセクシャルな意味だそうです。歌の中ではSpoonfulという言葉を言っておらず、この言葉はギターのスライドギターのメロディーで「スプーンフル」って言わせてるんですね。つまり、たとえば、「どいつもこいつもみんな夢中だ」、何に?それは、「スプーンフル」 って感じで繰り返し繰り返しやってます。面白いですね。
次はミシシッピー・ボ・ウィービル・ブルースです。Bo weavilは綿花につく害虫で、1920頃ミシシッピーの綿花産業はこの虫のせいで大打撃を受けたそうで、それについて歌ってます。ワンコードでメロディーも単調なペンタトニックの繰り返しですが、ファンクの元祖みたいにカッコいいです。
はい、それではパットンのブルースに移りましょう。ここではPony bluesとHigh water everywhereの2つを取り上げましたが、この2つのブルースはその後の多くのブルースマンたちが歌ったブルースの原型として歌い継がれてゆく有名な曲です。では、ポニー・ブルースを聞いてみましょう。
この曲はキーがEでおそらくレギュラーチューニングで弾かれた曲です。次はハイ・ウォーター・エブリホエアで、二部構成になっています。
この曲はミシシッピーの大洪水を歌った歌で、パート1とパート2があり、パート1は実際に洪水が迫ってきて逃げまどっているところを、パート2では洪水がひと段落し水びたしの光景を呆然と眺めているところを描写してます。どちらもオープンGのギターを弾いてますが、パート1では親指でチョッパーベースのように6弦を叩きながらギターのボディーも一緒に叩いてパーカッションみたいな効果を出しています。いかにも水が迫ってくる感じがしますよね。それに対してパート2では演奏の全体が、何となく自分の下に水がひたひたと流れている感じを出しています。さすがです、美しいです。
最初の3曲はソングスターのレパートリーです。まず、シェイク・イット・ブレイク・イットです。
なんとなく牧歌的なゆるい曲だな、って感じですがパットンがあのダミ声で歌うと独特のリズミカルな味がありますよね。次はスプーンフル・ブルースです。
ブルースという題名ですが3コードではなく、E、C#、F#、Bという循環コードの面白い進行です。ここでSpoonfulというのはセクシャルな意味だそうです。歌の中ではSpoonfulという言葉を言っておらず、この言葉はギターのスライドギターのメロディーで「スプーンフル」って言わせてるんですね。つまり、たとえば、「どいつもこいつもみんな夢中だ」、何に?それは、「スプーンフル」 って感じで繰り返し繰り返しやってます。面白いですね。
次はミシシッピー・ボ・ウィービル・ブルースです。Bo weavilは綿花につく害虫で、1920頃ミシシッピーの綿花産業はこの虫のせいで大打撃を受けたそうで、それについて歌ってます。ワンコードでメロディーも単調なペンタトニックの繰り返しですが、ファンクの元祖みたいにカッコいいです。
はい、それではパットンのブルースに移りましょう。ここではPony bluesとHigh water everywhereの2つを取り上げましたが、この2つのブルースはその後の多くのブルースマンたちが歌ったブルースの原型として歌い継がれてゆく有名な曲です。では、ポニー・ブルースを聞いてみましょう。
この曲はキーがEでおそらくレギュラーチューニングで弾かれた曲です。次はハイ・ウォーター・エブリホエアで、二部構成になっています。
この曲はミシシッピーの大洪水を歌った歌で、パート1とパート2があり、パート1は実際に洪水が迫ってきて逃げまどっているところを、パート2では洪水がひと段落し水びたしの光景を呆然と眺めているところを描写してます。どちらもオープンGのギターを弾いてますが、パート1では親指でチョッパーベースのように6弦を叩きながらギターのボディーも一緒に叩いてパーカッションみたいな効果を出しています。いかにも水が迫ってくる感じがしますよね。それに対してパート2では演奏の全体が、何となく自分の下に水がひたひたと流れている感じを出しています。さすがです、美しいです。
次のデルタブルースマンはウィーリー・ブラウンです。
写真は残念ながらありません。この人もやはりドッケリー牧場で、チャーリー・パットンの相棒として演奏してました。特に、セカンドギターとして参加することも多く、パットンの録音でも何曲もギターを弾いています。
それで、ブラウン自身の録音はなんと2曲しか残ってないんです。1930年のパットンの録音のときパットンに連れられウィスコンシン州のグラフトンで、単独吹き込みで6曲レコーディングしたそうですが、残っているのはここに音源を上げた2曲だけです。
実は、もう一曲バラード的なMake Me A Pallet On The Floorがブラウンなのが確実な音源があります。それ以外に数曲、Willie Brownとして、あるいは別名で録音がありますが、確実なところは分かりません。録音された6曲のうちリリースされなかったと思われる4曲も、SP盤のなんらかの形でどこかに存在しているのは確からしいのですが、今のところ表には出て来ていません。
たった2曲しかないのに、なんで取り上げたかというと、まあ、これは個人的には、なのですが、僕の考えではこの2曲がデルタブルースの最高傑作に思えるからです。歌といいギターといいすばらしいの一言です。特に歌が本当にすばらしい。
ちなみにブラウンのギターのうまさは当時も評判だったらしく、このあとに出てくるサン・ハウスも、ブラウンの方が師匠のパットンよりうまかったよ、と証言しています。ただ、録音曲数も少ないし、写真もないし、それほど知られている人ではありません。
このM&Oブルースとフューチャー・ブルースは、それぞれパットンのポニー・ブルースとハイ・ウォーターのブラウンによる解釈です。たしかに、キーも、歌のメロディーも、演奏も同じ系統の曲なのですが、聞いた感じはまったく違いますよね。音楽の消化の仕方が半端でないです。
さて、まずM&Oブルースですが、なにげないメロディーなのですが、実際に歌ってみると分かるんですが、これを歌うのは非常に難しいです。それに加えて、このミシシッピー川のゆっくりした流れのような淡々としたギターの伴奏がいいですよね。
お次はフューチャー・ブルースです。こちらのものすごい歌いまわしをぜひよく聞いてみてください。リズムといい、シャウトの仕方といい、歌詞の畳み込み方といい完璧です。しかも田舎臭いところが今聞いてもぜんぜんなく、非常にモダンです。
写真は残念ながらありません。この人もやはりドッケリー牧場で、チャーリー・パットンの相棒として演奏してました。特に、セカンドギターとして参加することも多く、パットンの録音でも何曲もギターを弾いています。
それで、ブラウン自身の録音はなんと2曲しか残ってないんです。1930年のパットンの録音のときパットンに連れられウィスコンシン州のグラフトンで、単独吹き込みで6曲レコーディングしたそうですが、残っているのはここに音源を上げた2曲だけです。
実は、もう一曲バラード的なMake Me A Pallet On The Floorがブラウンなのが確実な音源があります。それ以外に数曲、Willie Brownとして、あるいは別名で録音がありますが、確実なところは分かりません。録音された6曲のうちリリースされなかったと思われる4曲も、SP盤のなんらかの形でどこかに存在しているのは確からしいのですが、今のところ表には出て来ていません。
たった2曲しかないのに、なんで取り上げたかというと、まあ、これは個人的には、なのですが、僕の考えではこの2曲がデルタブルースの最高傑作に思えるからです。歌といいギターといいすばらしいの一言です。特に歌が本当にすばらしい。
ちなみにブラウンのギターのうまさは当時も評判だったらしく、このあとに出てくるサン・ハウスも、ブラウンの方が師匠のパットンよりうまかったよ、と証言しています。ただ、録音曲数も少ないし、写真もないし、それほど知られている人ではありません。
このM&Oブルースとフューチャー・ブルースは、それぞれパットンのポニー・ブルースとハイ・ウォーターのブラウンによる解釈です。たしかに、キーも、歌のメロディーも、演奏も同じ系統の曲なのですが、聞いた感じはまったく違いますよね。音楽の消化の仕方が半端でないです。
さて、まずM&Oブルースですが、なにげないメロディーなのですが、実際に歌ってみると分かるんですが、これを歌うのは非常に難しいです。それに加えて、このミシシッピー川のゆっくりした流れのような淡々としたギターの伴奏がいいですよね。
お次はフューチャー・ブルースです。こちらのものすごい歌いまわしをぜひよく聞いてみてください。リズムといい、シャウトの仕方といい、歌詞の畳み込み方といい完璧です。しかも田舎臭いところが今聞いてもぜんぜんなく、非常にモダンです。
はい、デルタブルースの最後の人はサン・ハウスです。
この人は、元々は教会でゴスペルを歌っていた人で将来は牧師だったはずなのですが、途中からブルースに転向したそうです。当時、黒人教会ではブルースという新しい音楽について、あれは悪魔の音楽だから近づくな、と言われていたそうです。ハウスはそれを無視してブルースの世界へ行ったわけです。
ハウスはパットンとブラウンの演奏しているところへ行き、仲間に入り一緒に演奏をし始めました。有名なデルタブルース三人組です。この三人組のところに当時若造だったロバート・ジョンソンが現れ、へたくそだったんで味噌クソに言われ、ふといなくなって帰ってきたときは恐るべきテクニックを身につけていた、というクロスロード伝説の舞台にいた三人組です。
ハウスの歌はゴスペル上がりのシャウトが入った激しい感じで、ギターは写真のようなメタル製のリゾネータ付のものを使い、多くの曲をスライドバーを使って演奏していました。
あと、この人はブルースマンの中では異例の長生きでなんと86歳まで生きてました。当時のブルースマンはその荒れた生活ゆえかほとんど早死にで、40歳超えればいい方という人が多いのですがハウスは長生きし、60年代のフォークブルースリバイバルで再発見され、その後は順調にレコーディングやコンサートに出演し、けっこういい老後を暮らしていたようです。
それでは聞いてみましょう。最初はハウスの1930年の初録音でマイ・ブラック・ママです。
この曲は本人によって後にDeath Letter Bluesという曲にまとめられ、再発見後にとても有名な曲になります。「朝起きたら手紙が来てた、お前の女が死んだぞ早く帰れと書いてある、急いで行ってみると彼女は冷たい板の上に横たわり、最後の審判に赴くところだ」、みたいなドラマチックな歌詞で有名で、いろんなミュージシャンがこれをカバーしています。もう一曲は、シェットランド・ポニー・ブルースです。
この曲は、パットンのポニー・ブルースのハウスによる解釈です。ブラウンのM&Oブルースも入れてこの三者三様の曲を比べてみると面白いです。
さて、ハウスは長生きのおかげでその奏法が動画で残っているんですね。ほとんど生きた文化財です。たとえば以下で見られます。
http://www.youtube.com/watch?v=QwjGytOVVQA
この右手の使い方はものすごいですね。どうやって弾いているかよく分かりません。
この人は、元々は教会でゴスペルを歌っていた人で将来は牧師だったはずなのですが、途中からブルースに転向したそうです。当時、黒人教会ではブルースという新しい音楽について、あれは悪魔の音楽だから近づくな、と言われていたそうです。ハウスはそれを無視してブルースの世界へ行ったわけです。
ハウスはパットンとブラウンの演奏しているところへ行き、仲間に入り一緒に演奏をし始めました。有名なデルタブルース三人組です。この三人組のところに当時若造だったロバート・ジョンソンが現れ、へたくそだったんで味噌クソに言われ、ふといなくなって帰ってきたときは恐るべきテクニックを身につけていた、というクロスロード伝説の舞台にいた三人組です。
ハウスの歌はゴスペル上がりのシャウトが入った激しい感じで、ギターは写真のようなメタル製のリゾネータ付のものを使い、多くの曲をスライドバーを使って演奏していました。
あと、この人はブルースマンの中では異例の長生きでなんと86歳まで生きてました。当時のブルースマンはその荒れた生活ゆえかほとんど早死にで、40歳超えればいい方という人が多いのですがハウスは長生きし、60年代のフォークブルースリバイバルで再発見され、その後は順調にレコーディングやコンサートに出演し、けっこういい老後を暮らしていたようです。
それでは聞いてみましょう。最初はハウスの1930年の初録音でマイ・ブラック・ママです。
この曲は本人によって後にDeath Letter Bluesという曲にまとめられ、再発見後にとても有名な曲になります。「朝起きたら手紙が来てた、お前の女が死んだぞ早く帰れと書いてある、急いで行ってみると彼女は冷たい板の上に横たわり、最後の審判に赴くところだ」、みたいなドラマチックな歌詞で有名で、いろんなミュージシャンがこれをカバーしています。もう一曲は、シェットランド・ポニー・ブルースです。
この曲は、パットンのポニー・ブルースのハウスによる解釈です。ブラウンのM&Oブルースも入れてこの三者三様の曲を比べてみると面白いです。
さて、ハウスは長生きのおかげでその奏法が動画で残っているんですね。ほとんど生きた文化財です。たとえば以下で見られます。
http://www.youtube.com/watch?v=QwjGytOVVQA
この右手の使い方はものすごいですね。どうやって弾いているかよく分かりません。
はい、これでデルタブルースを終わりますが、この3人だけでデルタブルースを終わるのは非常に気が引けるので、ここにデルタブルースマンの名前だけいくらか書いておきますね。ちなみにロバート・ジョンソンは特別枠で最後に紹介します。
Tommy Johnson、Ishman Bracey、Skip James、Fred McDowell、Bukka White、Tommy McClennan、Big Joe Williams、Sam Chatmon...
それぞれWebで調べるといろいろ出てきます。
さて、次はテキサス・ブルースです。
テキサスブルースの自分の印象は、デルタブルースのバリエーションの幅の広さ、そして時々わけの分からない異様なサウンドに対して、ずっとくっきりはっきりしていて、特にコール・アンド・レスポンスのはっきりした演奏というイメージです。テキサスブルースといえばLightnin' Hopkinsって思いますが、彼の演奏は、歌とギターの掛け合いがはっきりして、しかもギターソロもあり、その後のバンドブルースに大きな影響があったと思います。
ライトニン・ホプキンスは戦後ブルースに繰り入れるとして、ここでは、ブラインド・レモン・ジェファーソン、テキサス・アレキサンダー、ブラインド・ウィリー・ジョンソンの三人を紹介します。
Tommy Johnson、Ishman Bracey、Skip James、Fred McDowell、Bukka White、Tommy McClennan、Big Joe Williams、Sam Chatmon...
それぞれWebで調べるといろいろ出てきます。
さて、次はテキサス・ブルースです。
テキサスブルースの自分の印象は、デルタブルースのバリエーションの幅の広さ、そして時々わけの分からない異様なサウンドに対して、ずっとくっきりはっきりしていて、特にコール・アンド・レスポンスのはっきりした演奏というイメージです。テキサスブルースといえばLightnin' Hopkinsって思いますが、彼の演奏は、歌とギターの掛け合いがはっきりして、しかもギターソロもあり、その後のバンドブルースに大きな影響があったと思います。
ライトニン・ホプキンスは戦後ブルースに繰り入れるとして、ここでは、ブラインド・レモン・ジェファーソン、テキサス・アレキサンダー、ブラインド・ウィリー・ジョンソンの三人を紹介します。
まずはブラインド・レモンです。写真はこれしかないようです。
盲目のブルースマンで、先ほど書いたように、歌とギターのコール・アンド・レスポンスが見事です。この人はデルタブルースにおけるチャーリー・パットンみたいな存在で、とても人気があったそうです。
Tボーン・ウォーカーやライトニン・ホプキンスといった有名なブルースマンたちも、ブラインド・レモンの影響を受けてその後のブルースを確立して行きました。そのブラインド・レモンも30代にして死んでしまいますが、まあ、当時のブルースマンはおしなべて早死になので特別というわけではないと思います。
さて、それではマッチ・ボックス・ブルースを聞いてみましょう。
よくこれだけギターを弾きながら同時に歌えるな、という感じの演奏ですよね。ギターのフレーズもすごく多彩で縦横無尽です。ブラインド・レモンは生まれつきの盲目だったそうですが、そんなせいもあるのか、ギターの合いの手で歌詞の中で歌われていることの擬音を出すのも得意だったそうです。
盲目のブルースマンで、先ほど書いたように、歌とギターのコール・アンド・レスポンスが見事です。この人はデルタブルースにおけるチャーリー・パットンみたいな存在で、とても人気があったそうです。
Tボーン・ウォーカーやライトニン・ホプキンスといった有名なブルースマンたちも、ブラインド・レモンの影響を受けてその後のブルースを確立して行きました。そのブラインド・レモンも30代にして死んでしまいますが、まあ、当時のブルースマンはおしなべて早死になので特別というわけではないと思います。
さて、それではマッチ・ボックス・ブルースを聞いてみましょう。
よくこれだけギターを弾きながら同時に歌えるな、という感じの演奏ですよね。ギターのフレーズもすごく多彩で縦横無尽です。ブラインド・レモンは生まれつきの盲目だったそうですが、そんなせいもあるのか、ギターの合いの手で歌詞の中で歌われていることの擬音を出すのも得意だったそうです。
次はテキサス・アレクサンダーです。この人は純然たるシンガーで楽器はやらなかったそうです。なので、いろいろなギタリスト、ピアニスト、バンドと活動していました。話によると身長が低くて風采がぱっとしない男だった、などとも言われていましたが、その声は低くて深くて伸びのあるいい声です。
ボーカルスタイルはハラー調で、小節とかわりと無視して思いのままに歌ったので、バックをつけるのは大変だったそうです。
聞いてみましょう。アレクサンダーのバックでけっこうしっくり行っていたのが、ここでギターを弾いているロニー・ジョンソンです。実はアレクサンダーを取り上げたのはこのロニー・ジョンソンを紹介したかったということもあります。
非常に滑らかで洗練されてモダンな、ほとんどジャズギターに近いようなサウンドですよね。それもそのはずで、彼はニューオリンズの音楽一家に生まれて、子供のころからバイオリン、ピアノ、ギターなどあらゆる楽器を習ったそうです。ところでニューオリンズはよくブルース発祥の地といわれたりすることがありますが、あそこは実はブルースはあまりなく、実際はジャズの発祥の地です。そんなことで彼もジャズ的な素養を身につけています。1920年代から活躍していて、ソロで歌も歌う人ですが、単弦のノートで初めてジャズのギターソロをやったとも言われていて、その後、チャーリー・クリスチャンやジャンゴ・ラインハルトなどのジャズギターに影響を及ぼしています。
ほとんどロニー・ジョンソンの話になってしまいましたが、この曲、アレクサンダーのちょっと田舎っぽいのんびりしたハラーの響きに、洗練されたギターの音が美しくマッチしていますよね。
ボーカルスタイルはハラー調で、小節とかわりと無視して思いのままに歌ったので、バックをつけるのは大変だったそうです。
聞いてみましょう。アレクサンダーのバックでけっこうしっくり行っていたのが、ここでギターを弾いているロニー・ジョンソンです。実はアレクサンダーを取り上げたのはこのロニー・ジョンソンを紹介したかったということもあります。
非常に滑らかで洗練されてモダンな、ほとんどジャズギターに近いようなサウンドですよね。それもそのはずで、彼はニューオリンズの音楽一家に生まれて、子供のころからバイオリン、ピアノ、ギターなどあらゆる楽器を習ったそうです。ところでニューオリンズはよくブルース発祥の地といわれたりすることがありますが、あそこは実はブルースはあまりなく、実際はジャズの発祥の地です。そんなことで彼もジャズ的な素養を身につけています。1920年代から活躍していて、ソロで歌も歌う人ですが、単弦のノートで初めてジャズのギターソロをやったとも言われていて、その後、チャーリー・クリスチャンやジャンゴ・ラインハルトなどのジャズギターに影響を及ぼしています。
ほとんどロニー・ジョンソンの話になってしまいましたが、この曲、アレクサンダーのちょっと田舎っぽいのんびりしたハラーの響きに、洗練されたギターの音が美しくマッチしていますよね。
テキサスブルースの最後は、実はブルースではなくゴスペルのブラインド・ウィリー・ジョンソンです。この人はブルースはやっていませんが、演奏がすばらしいので紹介したいと思います。
いわゆるブルースは確かにやってはいないのですが、このギターのビートと強烈なボーカルは、もうブルースと完全にルーツが同じだ、ということを思い知らされるような演奏です。
彼も盲目ですが生まれつきではなく小さいころのアクシデントのせいだそうです。特徴は、親指で弾く強烈な低音弦のコンスタントベースに、非常に巧みなスライドギターを乗せたギターの伴奏に、ダミ声でシャウトする低音が効いたボーカルです。
では、聞いてみましょう。
このリズム感はやはりすごいですよね。この人もいろいろな人に影響を及ぼしていて、ロックではたとえばレッド・ツェッペリンがアルバム「PRESENCE」でNobody Fault But Mineをカバーしていたりします。スライドギターでいうとライ・クーダーとかも深い影響を受けていて、ジョンソンのインストのDark was the night, cold was the groundとかやってます。
いわゆるブルースは確かにやってはいないのですが、このギターのビートと強烈なボーカルは、もうブルースと完全にルーツが同じだ、ということを思い知らされるような演奏です。
彼も盲目ですが生まれつきではなく小さいころのアクシデントのせいだそうです。特徴は、親指で弾く強烈な低音弦のコンスタントベースに、非常に巧みなスライドギターを乗せたギターの伴奏に、ダミ声でシャウトする低音が効いたボーカルです。
では、聞いてみましょう。
このリズム感はやはりすごいですよね。この人もいろいろな人に影響を及ぼしていて、ロックではたとえばレッド・ツェッペリンがアルバム「PRESENCE」でNobody Fault But Mineをカバーしていたりします。スライドギターでいうとライ・クーダーとかも深い影響を受けていて、ジョンソンのインストのDark was the night, cold was the groundとかやってます。
これでテキサスブルースを終わりますが、ホントにさわりだけです。興味があればネットとかで調べてみてくださいね。
それではブルース紹介の最後は東へ移ってイースト・コースト・ブルースです。このイーストコーストも、デルタとちょっと違い、どっちかというと何となく軽い感じの雰囲気が多いイメージです。
ここではたった二人ですが、ブラインド・ウィーリー・マクテルとブラインド・ブレイクを紹介します。しかしそれにしても、盲目の人が多いですよね。
それではブルース紹介の最後は東へ移ってイースト・コースト・ブルースです。このイーストコーストも、デルタとちょっと違い、どっちかというと何となく軽い感じの雰囲気が多いイメージです。
ここではたった二人ですが、ブラインド・ウィーリー・マクテルとブラインド・ブレイクを紹介します。しかしそれにしても、盲目の人が多いですよね。
それではまず、ブラインド・ウィリー・マクテルです。
実は僕はこの人が大好きで、それもあってトップで取り上げてます。12弦ギターを弾く盲目のギタリスト&シンガーです。鼻にかかったちょっと甲高い甘い声が特徴です。決してシャウトしたり迫力を出したりせずに、軽く歌っている感じがすごくいい。
では、聞いてみましょう。落ち着いたレイドバックした感じですよね。
この人のレパートリーは、ブルースからラグタイム、ゴスペル、流行歌と幅広く、なんでも歌ったそうです。レコーディングもけっこうしてはいますが、基本ほとんどストリートで流して一生を暮らしていたようです。
マクテルもそうですが、イーストコーストのブルースマンはけっこうラグタイムの影響を受けた音楽をやる人が多く、軽くて明るい軽快な音楽をたくさん残しています。
あとマクテルは知的で独立心が強かったそうで、ニューヨークの盲学校で点字を学び、いくつかのアメリカの大都市のストリートを熟知していたとのことです。その彼も、長年のアルコール中毒と糖尿だったそうで61歳に亡くなっています。しかし昔のブルースマンは酒を浴びるように飲んで早死にする人多いですね。もっともブルースマンに限らずだったでしょうが。
マクテルの曲で、期せずして昔のロックファンならみな知っているカバーにStatesboro Bluesがあります。かのオールマン・ブラザーズ・バンドの伝説的なフィルモアイーストライブのトップでやったご機嫌なシャッフルナンバーが、実はマクテルの曲なのです。
実は僕はこの人が大好きで、それもあってトップで取り上げてます。12弦ギターを弾く盲目のギタリスト&シンガーです。鼻にかかったちょっと甲高い甘い声が特徴です。決してシャウトしたり迫力を出したりせずに、軽く歌っている感じがすごくいい。
では、聞いてみましょう。落ち着いたレイドバックした感じですよね。
この人のレパートリーは、ブルースからラグタイム、ゴスペル、流行歌と幅広く、なんでも歌ったそうです。レコーディングもけっこうしてはいますが、基本ほとんどストリートで流して一生を暮らしていたようです。
マクテルもそうですが、イーストコーストのブルースマンはけっこうラグタイムの影響を受けた音楽をやる人が多く、軽くて明るい軽快な音楽をたくさん残しています。
あとマクテルは知的で独立心が強かったそうで、ニューヨークの盲学校で点字を学び、いくつかのアメリカの大都市のストリートを熟知していたとのことです。その彼も、長年のアルコール中毒と糖尿だったそうで61歳に亡くなっています。しかし昔のブルースマンは酒を浴びるように飲んで早死にする人多いですね。もっともブルースマンに限らずだったでしょうが。
マクテルの曲で、期せずして昔のロックファンならみな知っているカバーにStatesboro Bluesがあります。かのオールマン・ブラザーズ・バンドの伝説的なフィルモアイーストライブのトップでやったご機嫌なシャッフルナンバーが、実はマクテルの曲なのです。
次は、ブラインド・ブレイクです。
この人も盲目のギタリスト&シンガーで、もちろんブルースもたくさんやっていますが、何と言ってもそのラグタイムギターのテクニックがものすごく、まずそれで有名です。
とにかく、このサザン・ラグを聞いてみましょう。
もう、思わず最後まで聞いてしまう、凄まじいギターテクニックですね。途中しゃべっているのも本人なので、あの複雑なギターを弾きながら呑気にしゃべってるわけで、すごいですね。
彼はもともとラグタイムピアノをギターに移し変えることでこのスタイルを発展させたのですが、特に、何の苦も無く弦の上を跳ね回っているように聞こえるシンコペイトした親指がスゴイです。
古今東西このブレイクのラグタイムギターに挑戦した人は数限りなく、プロでもステファン・グロスマンや日本の打田さんとかいろいろいますが、ここまで軽快にくっきりとしたリズムで弾けている人はいないみたいです。というか、ブレイクがすごすぎるとも言いますね。
ブレイクは歌も歌い、ラグタイムの影響を入れたいろんなブルースを演奏しています。スローなブルースをやっていても独特なシンコペーションの効いたギターと、軽い感じのテナーのコンビネーションがとても美しいです。
この人も盲目のギタリスト&シンガーで、もちろんブルースもたくさんやっていますが、何と言ってもそのラグタイムギターのテクニックがものすごく、まずそれで有名です。
とにかく、このサザン・ラグを聞いてみましょう。
もう、思わず最後まで聞いてしまう、凄まじいギターテクニックですね。途中しゃべっているのも本人なので、あの複雑なギターを弾きながら呑気にしゃべってるわけで、すごいですね。
彼はもともとラグタイムピアノをギターに移し変えることでこのスタイルを発展させたのですが、特に、何の苦も無く弦の上を跳ね回っているように聞こえるシンコペイトした親指がスゴイです。
古今東西このブレイクのラグタイムギターに挑戦した人は数限りなく、プロでもステファン・グロスマンや日本の打田さんとかいろいろいますが、ここまで軽快にくっきりとしたリズムで弾けている人はいないみたいです。というか、ブレイクがすごすぎるとも言いますね。
ブレイクは歌も歌い、ラグタイムの影響を入れたいろんなブルースを演奏しています。スローなブルースをやっていても独特なシンコペーションの効いたギターと、軽い感じのテナーのコンビネーションがとても美しいです。
さて、これでイースト・コースト・ブルースの紹介を2人で終わっちゃいますが、例によって興味のある人はネットでもっと調べてみてください。
さて、ここまでで、本当に駆け足なのですが、ミシシッピーデルタブルース、テキサスブルース、ウェストコーストブルース、と順を追って紹介してきました。
この三箇所以外にブルースは無いのか、というともちろんそんなことは無く、シカゴにだってニューヨークにだって戦前ブルースはあります。あと、生ギターの弾き語りブルースばかり紹介しましたが、それ以外の楽器でやられた戦前ブルースだってもちろんたくさんあります。
ということで、ここで詳しく取り上げなかった戦前ブルースをいくつか簡単に紹介して補足しておくことにしましょう。
さて、ここまでで、本当に駆け足なのですが、ミシシッピーデルタブルース、テキサスブルース、ウェストコーストブルース、と順を追って紹介してきました。
この三箇所以外にブルースは無いのか、というともちろんそんなことは無く、シカゴにだってニューヨークにだって戦前ブルースはあります。あと、生ギターの弾き語りブルースばかり紹介しましたが、それ以外の楽器でやられた戦前ブルースだってもちろんたくさんあります。
ということで、ここで詳しく取り上げなかった戦前ブルースをいくつか簡単に紹介して補足しておくことにしましょう。
まず、女性のブルースマン(ブルースウーマン?)はいなかったのか、ということですが、弾き語りではさすがに少なくMemphis Minnieぐらいしか思いつきません。でも女性ブルースシンガーはたくさんいます。こちらは主にジャズバンドを従えてショーとかでブルースを歌っていました。一番有名なのはベッシー・スミスでしょう。
聞いてみて下さい、これは有名なスタンダードSaint Louis Bluesです。ロングトーンで鷹揚におおらかに歌っていますよね。この歌い方は1930年ごろの当時の独特の歌い方で多くの女性ブルースシンガーがこんな感じで歌っています。今のジャズシンガーの歌い方とは似ても似つかない感じで、逆に今こんな風に歌ったらすごく目立つかも。
もっとも、ここでは、このジャズ楽団によるブルース音楽を特殊なもののように扱っていますが、実際に1900年あたりに生まれたブルースは、南部あたりにいる弾き語りギタリストブルースマンたちの演奏と平行して、いち早くこうしたエンターテインメントなショービジネスに導入されていたはずで、ブルースの源流をこちらのジャズ楽団とブルースシンガーの方に求める考え方もあります。僕はこの講座で、デルタブルースこそブルースの源流である、みたいに語っていますが、実際はそんなに単純なものではなく、おそらく、当時のアメリカでは、極めて混沌としたブルース誕生の劇が起こっていたはずです。
このベッシー・スミスの歌い方をいろいろと、よくよく聞くと、確実にチャーリー・パットンのブルースの響きが聞こえてきます。その音楽の形態はずいぶん違うけど、そこにはやはり同じブルースの魂が流れている、というのは感動的ですね。
さて、次はピアノブルースです。ギターに加え、ピアノの弾き語りブルースマンも多くいました。音源に載せたリロイ・カーはピアノブルースの中で一番有名な人です。さすがにピアノは表現力が豊かな感じですよね。ピアノブルースの人は生ギターをリード楽器として従えている人が多く、ここでもギターが入っていてこれはカーの相棒として有名なScrapper Blackwellが弾いています。
ちなみに、この曲はBlues Before Sunriseという彼のヒット曲ですが、かのロバート・ジョンソンは、このリロイ・カーの曲をほとんど真似て、たとえばKindhearted woman bluesという曲を演奏しています。ジョンソンはカーのピアノをギターに移し変え、歌メロもけっこう同じで歌ってます。ただ、実際に聞いてみると、ロバートは曲を完全に自分のものにしていて、やはりたいしたものです。
さて、ブルースはギターとピアノだけかっていうとそんなことはなく、すごくポピュラーなのはハーモニカでしょう。いわゆるブルースハープです。ただハーモニカは吹きながら歌えないのがちょっと不便な感じです。
あと、これは特にメンフィスあたりで流行ったそうですが、ジャグバンドと呼ばれるバンドもありました。これは、いろんな伝統楽器や手作り楽器を集めて合奏するタイプの音楽です。使われた楽器は、ギター、バンジョー、フィドル、ハーモニカ、カズー(小さなパイプにビービー鳴るフィルムをつけて声を管楽器みたいにする)、ジャグ(大きな瓶の首のところに口をつけて横から吹いて低いブォンという音を出す)、たらいベース(たらいにモップの柄と紐を取り付けて1弦ベースにする)、ウォッシュボード(洗濯板のギザギザをこすってリズム楽器とする)、のこぎり(叩いてビヨンビヨンという音を出す)などいろいろです。
音源はメンフィス・ジャグ・バンドのMove That Thingという曲です。なかなかのどかなサウンドです。ジャグバンドは今でも世界じゅうで人気があるらしく、日本にもジャグバンド、けっこうあるそうです。
それから、最後に北部のシカゴあたりの戦前ブルースも少し。ビッグ・ビル・ブルーンジーがすごく有名なので、彼の音源を載せておきました。この曲はBaby Please Don't Goで、ギターと歌がブルーンジーです。彼はレイドバックした歌い方に、非常に巧みなギターが特徴なブルースマンで、才能に溢れていて、ブルースだけでなく、ラグタイムからフォークミュージックまで何でもできた人です。フォークブルースリバイバルにも乗り、非常に有名になりました。
聞いてみて下さい、これは有名なスタンダードSaint Louis Bluesです。ロングトーンで鷹揚におおらかに歌っていますよね。この歌い方は1930年ごろの当時の独特の歌い方で多くの女性ブルースシンガーがこんな感じで歌っています。今のジャズシンガーの歌い方とは似ても似つかない感じで、逆に今こんな風に歌ったらすごく目立つかも。
もっとも、ここでは、このジャズ楽団によるブルース音楽を特殊なもののように扱っていますが、実際に1900年あたりに生まれたブルースは、南部あたりにいる弾き語りギタリストブルースマンたちの演奏と平行して、いち早くこうしたエンターテインメントなショービジネスに導入されていたはずで、ブルースの源流をこちらのジャズ楽団とブルースシンガーの方に求める考え方もあります。僕はこの講座で、デルタブルースこそブルースの源流である、みたいに語っていますが、実際はそんなに単純なものではなく、おそらく、当時のアメリカでは、極めて混沌としたブルース誕生の劇が起こっていたはずです。
このベッシー・スミスの歌い方をいろいろと、よくよく聞くと、確実にチャーリー・パットンのブルースの響きが聞こえてきます。その音楽の形態はずいぶん違うけど、そこにはやはり同じブルースの魂が流れている、というのは感動的ですね。
さて、次はピアノブルースです。ギターに加え、ピアノの弾き語りブルースマンも多くいました。音源に載せたリロイ・カーはピアノブルースの中で一番有名な人です。さすがにピアノは表現力が豊かな感じですよね。ピアノブルースの人は生ギターをリード楽器として従えている人が多く、ここでもギターが入っていてこれはカーの相棒として有名なScrapper Blackwellが弾いています。
ちなみに、この曲はBlues Before Sunriseという彼のヒット曲ですが、かのロバート・ジョンソンは、このリロイ・カーの曲をほとんど真似て、たとえばKindhearted woman bluesという曲を演奏しています。ジョンソンはカーのピアノをギターに移し変え、歌メロもけっこう同じで歌ってます。ただ、実際に聞いてみると、ロバートは曲を完全に自分のものにしていて、やはりたいしたものです。
さて、ブルースはギターとピアノだけかっていうとそんなことはなく、すごくポピュラーなのはハーモニカでしょう。いわゆるブルースハープです。ただハーモニカは吹きながら歌えないのがちょっと不便な感じです。
あと、これは特にメンフィスあたりで流行ったそうですが、ジャグバンドと呼ばれるバンドもありました。これは、いろんな伝統楽器や手作り楽器を集めて合奏するタイプの音楽です。使われた楽器は、ギター、バンジョー、フィドル、ハーモニカ、カズー(小さなパイプにビービー鳴るフィルムをつけて声を管楽器みたいにする)、ジャグ(大きな瓶の首のところに口をつけて横から吹いて低いブォンという音を出す)、たらいベース(たらいにモップの柄と紐を取り付けて1弦ベースにする)、ウォッシュボード(洗濯板のギザギザをこすってリズム楽器とする)、のこぎり(叩いてビヨンビヨンという音を出す)などいろいろです。
音源はメンフィス・ジャグ・バンドのMove That Thingという曲です。なかなかのどかなサウンドです。ジャグバンドは今でも世界じゅうで人気があるらしく、日本にもジャグバンド、けっこうあるそうです。
それから、最後に北部のシカゴあたりの戦前ブルースも少し。ビッグ・ビル・ブルーンジーがすごく有名なので、彼の音源を載せておきました。この曲はBaby Please Don't Goで、ギターと歌がブルーンジーです。彼はレイドバックした歌い方に、非常に巧みなギターが特徴なブルースマンで、才能に溢れていて、ブルースだけでなく、ラグタイムからフォークミュージックまで何でもできた人です。フォークブルースリバイバルにも乗り、非常に有名になりました。
さてさて、ずいぶん長々と、しかし思い切りはしょりながら戦前ブルースの紹介をしてきましたが、最後は、やはり、この人に締めていただきましょう。
はい、ロバート・ジョンソンです。
このロバート・ジョンソンは戦前ブルースマンの中でもダントツに知名度の高い人だと思います。というのが、1990年に発売されたThe Complete Recordingsという2枚組のCDがなんと世界で100万枚以上売れてしまい、グラミー賞まで取ってしまったのです。なぜそんなに売れてしまったかというと、これはエリック・クラプトンやキース・リチャーズという超VIPミュージシャンが、「これこそ真のブルースだ、これを聞かないなんてダメダメだ、モグリだ」とひたすら宣伝したからのようです。
とにかく、そんなわけで、ロバート・ジョンソンは並み居るブルースマンの中でアルバムをもっともたくさん売った人になったというわけで、それもあって知名度抜群なのです。
はい、ロバート・ジョンソンです。
このロバート・ジョンソンは戦前ブルースマンの中でもダントツに知名度の高い人だと思います。というのが、1990年に発売されたThe Complete Recordingsという2枚組のCDがなんと世界で100万枚以上売れてしまい、グラミー賞まで取ってしまったのです。なぜそんなに売れてしまったかというと、これはエリック・クラプトンやキース・リチャーズという超VIPミュージシャンが、「これこそ真のブルースだ、これを聞かないなんてダメダメだ、モグリだ」とひたすら宣伝したからのようです。
とにかく、そんなわけで、ロバート・ジョンソンは並み居るブルースマンの中でアルバムをもっともたくさん売った人になったというわけで、それもあって知名度抜群なのです。
はい、ロバート・ジョンソン、この人ですね。
カッコいいですね。この細くて長い指、ふてぶてしい顔。左目が少し変で、証言によると左目が悪く、右目から外を覗くように物を見たそうです。
カッコいいですね。この細くて長い指、ふてぶてしい顔。左目が少し変で、証言によると左目が悪く、右目から外を覗くように物を見たそうです。
そんなわけで彼は非常に有名なせいもあり、さらに、この僕自身がロバート・ジョンソンがもっとも好きな戦前ブルースマンであるということ、しかも自分でも彼の曲をもう30年以上弾き語りで弾いて歌ってきたということもあり、語り出したらめちゃくちゃ長くなってしまい、彼だけで他の講座が必要になっちゃいます。
というわけで、ここではさらりと行きます。
とにかくもっとも有名な戦前ブルースマンです。レコーディングしたのは彼が25歳のときで、2年間で29曲を吹き込み、最後の録音の翌年に、女がらみのごたごたで毒殺され、27歳の若さで死んでしまいます。のち、この29曲は、「King of the Delta Blues Singers Vol 1&2」という2枚のLPで発売され、クラプトンやキースはこれを聞いて育ったのです(僕もです)。
ロバートの音楽はいろいろな影響を及ぼしますが、特にMuddy Watersがこの雰囲気をよく引き継ぎ、これをシカゴへ持ち込み、エレクトリックの力を得て50年代にシカゴバンドブルース全盛時代を作り出します。このシカゴブルースを受けて60年代にクラプトン、ストーンズ、キンクスといったバンドが生まれ後のロックへ発展します。
そういう意味で、ロバートの音楽はただたまたま売れたというだけでなく、現代のポピュラー音楽、特にロックにつながる歴史的に重要な位置にいるのは確かです。
あと、ロバート・ジョンソンのブルースはけっこう偏執狂的な独特な暗さが付きまとっていて、その雰囲気が後のブルースロックに受け継がれているので、どうも僕には、いわゆる「暗いブルース」の元祖ではないか、という気がしています。考えてみると、これまでたくさん戦前ブルースマンの演奏を音源で載せましたが、いわゆる「暗い」という感じの音はひとつも無かったですよね?
加えて、25歳という若さですさまじい才能を発揮し、2,3年活躍し、30歳になる前に死ぬ、という伝説的ロックスターの原型になる人とも言えそうです。60年代のジミ・ヘンドリックス、ジャニス・ジョップリン、ジム・モリソンの元祖とも言えるような気がします。
さて、それでは聞いてみましょう。ここでは2曲用意しましたが、2曲ともあまり暗くないのを選んでます(笑)。まず、スィート・ホーム・シカゴですが、この曲はのちのちブルースの定番中の定番になりました。いまでもブルースセッションなどでは必ず1回はやられる曲ですよね。
ここでロバートが全編に渡って弾いているギターのシャッフルパターンが重要です。このパターンは元々はピアニストの左手のベースラインをギターに移し変えたものですが、このパターンを一曲に渡って全面的に入れるのが彼の特徴でもあり、新しいところとも言えます。このデッデデッデというパターンも、ブルースの基本中の基本のバッキングパターンとして現代でも普通に行われている超有名パターンです。
ロバートの歌も独特です。わりと甲高い声で、音程の取り方が非常に微妙で、なんとなくねじれ捩れている感じのボーカルラインが特徴です。
はい、それでは、この最後のテラプレーン・ブルースを聞いて、この講座を終わりにしましょう。この曲のシングルヒットによってロバートはブルースマンとして有名になったそうです。オープンGに2カポしてスライドギターでプレイしていますが、歌もギターもすばらしい完成度とテンションで演奏しています。
やはり、さすがです、すばらしいです、美しいです。
というわけで、ここではさらりと行きます。
とにかくもっとも有名な戦前ブルースマンです。レコーディングしたのは彼が25歳のときで、2年間で29曲を吹き込み、最後の録音の翌年に、女がらみのごたごたで毒殺され、27歳の若さで死んでしまいます。のち、この29曲は、「King of the Delta Blues Singers Vol 1&2」という2枚のLPで発売され、クラプトンやキースはこれを聞いて育ったのです(僕もです)。
ロバートの音楽はいろいろな影響を及ぼしますが、特にMuddy Watersがこの雰囲気をよく引き継ぎ、これをシカゴへ持ち込み、エレクトリックの力を得て50年代にシカゴバンドブルース全盛時代を作り出します。このシカゴブルースを受けて60年代にクラプトン、ストーンズ、キンクスといったバンドが生まれ後のロックへ発展します。
そういう意味で、ロバートの音楽はただたまたま売れたというだけでなく、現代のポピュラー音楽、特にロックにつながる歴史的に重要な位置にいるのは確かです。
あと、ロバート・ジョンソンのブルースはけっこう偏執狂的な独特な暗さが付きまとっていて、その雰囲気が後のブルースロックに受け継がれているので、どうも僕には、いわゆる「暗いブルース」の元祖ではないか、という気がしています。考えてみると、これまでたくさん戦前ブルースマンの演奏を音源で載せましたが、いわゆる「暗い」という感じの音はひとつも無かったですよね?
加えて、25歳という若さですさまじい才能を発揮し、2,3年活躍し、30歳になる前に死ぬ、という伝説的ロックスターの原型になる人とも言えそうです。60年代のジミ・ヘンドリックス、ジャニス・ジョップリン、ジム・モリソンの元祖とも言えるような気がします。
さて、それでは聞いてみましょう。ここでは2曲用意しましたが、2曲ともあまり暗くないのを選んでます(笑)。まず、スィート・ホーム・シカゴですが、この曲はのちのちブルースの定番中の定番になりました。いまでもブルースセッションなどでは必ず1回はやられる曲ですよね。
ここでロバートが全編に渡って弾いているギターのシャッフルパターンが重要です。このパターンは元々はピアニストの左手のベースラインをギターに移し変えたものですが、このパターンを一曲に渡って全面的に入れるのが彼の特徴でもあり、新しいところとも言えます。このデッデデッデというパターンも、ブルースの基本中の基本のバッキングパターンとして現代でも普通に行われている超有名パターンです。
ロバートの歌も独特です。わりと甲高い声で、音程の取り方が非常に微妙で、なんとなくねじれ捩れている感じのボーカルラインが特徴です。
はい、それでは、この最後のテラプレーン・ブルースを聞いて、この講座を終わりにしましょう。この曲のシングルヒットによってロバートはブルースマンとして有名になったそうです。オープンGに2カポしてスライドギターでプレイしていますが、歌もギターもすばらしい完成度とテンションで演奏しています。
やはり、さすがです、すばらしいです、美しいです。
というわけで、長い間、お付き合いありがとうございます、おつかれさまでした!