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エラい人

日本の政治家が異常なほど偉い、という話をしてたんだけど、これはホントのこと。僕がむかしNHKの研究所にいたとき、たまに政治家の先生が来ることがあったのだけど、はたで見ていて、完全に異様なほどの接待をしていた。その上下の距離たるや、果てしない。完全に将軍様で、そういう意味で、北朝鮮の将軍様の振舞いとなんら変わらない扱いだった。

もう20年ほど前のことだけれど、それを見てて、自分は、ああ、これは日本の政治家は一回やったら止められないだろうなあ、って思った。
 
で、自分のことだが、自分はこれまで、 人材的に偉い方向へ取り立てられることがあまりなかった人間だった。そういう器ではないというのもあるけれど、自らも「偉い身分」を避けて通ってきた、という面があった。しかし、過去に一度だけ、そういう機会があった。
 
それは、もう、先の政治家に比べると鼻クソみたいなものだが、学会の論文委員会の委員長だった。僕よりちょっとだけ年上の先輩で、このまえ早くして死んでしまった人なんだけど、その人が委員長だったとき、自分の後釜として、林君ならできる、と推薦されたのである。
 
で、委員長になり、最初の数か月はどう振舞っていいか右往左往で冷や汗ものだったのだけど、半年ほど経つと慣れてきた。そうしたら、人の上、それも一番上に立つ、っていうのは、こんなにも気持ちの良いものなのか、というのが実感できた。
 
委員会はたかだか20人ていどで、その委員の下にさらに下々のものが大勢いる、という構成だったけれど、その委員会で、一番いい席に座って、それで自分が、何かについて、極めていい加減なことを言っても、並み居る人々が、それを尊重して、斟酌して、忖度までしてくれる。こんな快感はそうそうあるもんじゃない、と、冗談抜きで思った。
 
覚えているが、いい加減な見解なのよ、僕の言ってるのことって。思い付きだったり、単に口からついて出てきたことだったり、誤魔化しだったり、自分は、自分が言ったことの底の浅さをまあまあ自覚している。それなのに、そのたわごとひとつで、みなが動いてくれるわけ。良きに計らってくれる、というか。
 
この経験はたった一年の任期で終わったけれど(二年だったかな?)自分的にはそれなりに貴重な体験だった。先も言ったように、日本で「偉い人」になるというのがどれほど、ほとんど麻薬なみに気持ちのいいものか、というのが分かったから。
 
僕はそれ以来、そういう立場についたことが無い。というか、ひととき、実はあったのだけど、その権利をまったく行使しなかった。そのせいで失敗したんだけどね、見事に。
 
結局、オレは政治家的なふるまいにはまったく向かなかった、というのが結論なのだけど、いまの日本の政治家がなぜ、あのように傲慢に振舞い、そして権力にすがり付くか、それは、そういう意味では理解できるんだ。
 
一種の麻薬だよ。というかある種の人性にとっては麻薬以上。