作品、表現

作品の著作権意識というのは根深く、そして厄介な感覚だ。自分は、すでにできあがってしまった作品という静的なものにこだわるのを止め、表現という「動いている」ものの方に軸足を移したい。人間が生きて生活して、その一挙手一投足が表現になり、芸術になる、そういう方向へ行ければと思う。ほら、一世代前の、ピカソも、ウォーホールも、ダリも、そうだったでしょ? これは感覚的に言うが、作品の著作権意識、アイデアの知的財産意識、というのは長年に渡った貨幣経済から来ている根の深い一種の古い社会本能ではないかな? 現代は、人間たちが、これに変わる新しい本能への脱皮を目指してもがいているようにも、見える。

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