弁証法

解説本を借りて弁証法を勉強している。言葉だけは知っていたテーゼ、アンチテーゼ、アウフヘーベン、ってヤツだが、おもしろいわ~ それで、弁証法ってのが、ホントは何だったのか、この歳になって今ごろ、分かった。それで自分の生き方を振り返ってみると、「あれかこれか」という単なる取捨をやけに嫌ってきたオレの人生が、なんとまさに弁証法的であったことが、判明した。ひょっとしてひょっとすると、これぞ、時代の空気ってものなのかもしれないな、などと思った。「アレ」と「コレ」という対立するものがあったとき、コレを取ってアレを捨てたり、アレを取ってコレを捨てたり、できない。必ず、アレとコレから新しい「コンナノ」を作ろうとしてしまう、そういう態度のことだ。しかし、いまこの現代に生きていて、この態度が必ずしも正しくないようにも思え、やはり思想というものにもジェネレーションというのがあって、交代したり循環したり回帰したりということが起こるんだろうな、と思ってみたりね。

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