メタデータが気に入らない

7、8年前だったか、自分が情報系の研究職だったころ、「メタデータ」ってのが流行ったときがしばらくあった。当時、オレはこのメタデータというのがどうしても虫が好かず、嫌っていたっけな。

メタデータとは「データについてのデータ」のこと。当時は、メインのデータというものにくっつける説明用のデータのことを指していた。例えば、「映像」がメインデータで、「その映像の作者名や制作日時」などがメタデータである。

メタデータのどこが虫が好かなかったかと言うと、「メインとサブ」という主従の関係がどうしても固執されていたところ。当時から、そして、もっとずっと昔からオレはメインサブ、主従、ハイアラーキ、階層的整理、といった一連の概念を嫌っていたのだった。

もちろん、ここでいうメタデータはかなり狭い意味で、本来の「メタ」という接頭語は「高次な」という意味なのでずいぶん違う。と、いうか、むかし自分が嫌っていたメタデータはむしろ「メタ」の誤用とも言えるかもしれない。

それにしても、いま現在、モノからコトバへのパラダイムシフトという概念を新しく習った自分は、かつてメインとサブという構造を嫌った自分の目指すべき故郷を見つけた感じだな。

データのためのデータは、それで結構。でもこれからは、前者のデータが後者のデータを生むというだけでなく、そうして現れた後者のデータがさらに新しいデータを生んで、それが円環を成す、という経過を経て、あらゆるデータが並置される世界観へ移行する、と考えてみよう。

世界は因果律の連鎖によって現前しているのではなく、並列的な関係性によって現前している、と感覚的に納得したいのだ。でも、これは自分でもちょっとやってみるとわかるんだけど、現代人にとってどれだけ大変か、とも思う。

ややこしいな。ま、いっか。ただ、自分が言葉に固執する意味がだんだん分かってきたって、こと。

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