願掛け

パワースポットというのは、どうも自分はとりあう気になれないな。いわゆる超常現象などは無条件にその存在を信じている自分なのだが。いや、その存在が実生活に及ぼす影響を信じている、と言うべきか。そのせいなのかパワースポットは存在そのものより、その影響の方がなんだか嘘くさく感じちゃってね。

人生は、目的の達成ではなく、どう生きるかだ、ということがもし正しいとすると、願掛けというものはあまり意味がなくなる。あるいは願をかけるその内容が変わる。なので、自分は寺社仏閣に行くと、草木の様子や、人々のまちまちな動きや、建物の屋根のカーブの曲率を見たりして過ごす。

あ、もちろん、願もかけるけど。健康に幸せに生きられますように、とかね。

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