官僚を誤解してはいけない

物事を処理するとき、その「方法」にしか興味がない人、という話が出たが、いわゆる「官僚」の次のオレ流定義を思わせる。

”入力と出力を持つ箱において、入力に対し最適な出力を得る性能、常に性能に変化がない定常性、さらに、入力の種類によらず同等の性能が出せる適応性、の3つを満足する箱を「完全な官僚」という”

少し考えるとわかるけど、以上の定義を満足する完全な官僚というものがどういう性質の持ち主かと言うと、それは「常に元気で、明るく、活動的で極めてフレキシブルな人」なのである。ステレオタイプな、いわゆる、頭の固い退屈な理屈っぽい役人像と間違っても混同してはいけない。そんなわけで本当に官僚的なタイプの人と一緒に遊ぶと、実はとっても楽しい。

そして、彼ら官僚に欠けているのは、「産む苦しみ、生きる苦しみ」、コレである。というわけで、仏教には向かない。いや、一般に宗教には向かない。そして、芸術にも。

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