ギリシャ・イタリア紀行

本文は訳あって削除しました。下記コメント欄に一部理由を記しておきます。

17 thoughts on “ギリシャ・イタリア紀行

  1. こなみ

    「ブリンデイシという町は、あのイタリアの犯罪学者のローンブロゾーから演劇性犯罪者の町と言われているそうだ」これは典拠があるのでしょうか。小栗虫太郎の「黒死館殺人事件」にはこう書かれています。「ロムブローゾに激情性犯罪の市(まち)と指摘されたところの、南伊利ブリンデッシ市」これ、「聞き違い」ですよね。「激情性」を「劇場性」と間違えて、更に勘違いか記憶違いで「演劇性」としてしまったのでしょう。(伝言ゲームみたい 笑)「黒死館」は澁澤さんもお好きでしたよ。読みましたか?読んでないでしょう。思い込みによる長年の間違いを正して差し上げました。他にも色々ありますよね。嘘をついてはいないが本当の事でもない、という文章の見本のようです。自覚しているだけに悪質です。(主語がすべて一人称単数)嘘松やん(怒)

  2. 匿名

    *追加*「トロッコと呼ばれている2両編成の汽車~」これも間違い。イタリア語の troncoは、道路、鉄道などの幹線、支線、分岐線の事で、トロッコではありません(トロッコは carrello)。些細な事ですが、調べればわかることなのに、調べてない時点でもうね。そしてこちら。「僕は、このボマルツオの怪物に関する本を数冊持っていて~」これは嘘ですね。澁澤さんに関しては、いささか大袈裟ですがパクられたような気分で、、、わからないでしょうか。南方熊楠が、 acknowledgementについて何度も書いていますが(主に書簡に)、成る程と思い当たったので、モヤモヤしていた正体が判ったのは良かったのかもしれません。

  3. 林正樹

    なるほど。僕が現地でトロッコと聞いたのは、支線の意味だったのに、それを列車そのものと勘違いしたんですね。今ごろ分かりました。ご指摘感謝します。怪獣庭園については、澁澤さんの本も含め自分の持っていた本の中の複数の個所で読んだ記憶があったので、それを調べず「数冊」と書いたようです(当時の持っていた本はすべて無くなったので現在、調べようがないのですが)。この紀行文はたまたま最近見つけた25年前の私信を、修正掲載したもので、原文の私信の方はもっとはるかに多い事実誤認が含まれていて、だいぶ直したのですが、まだまだたくさん見つかるということですね。まだ今よりだいぶ若かった自分が書いたものとはいえ、僕自身、文を書くとき、事実検証を半ばに不正確な知識で書いてしまう傾向があるので、今回、よい戒めになりました。ありがとうございました。

  4. 匿名

    「25年前の私信を、修正掲載したもの」ということですが、実在した人物が存在しなかったかの如く書くということは、その人物が居なければいい、ひいては死んでしまえばいいと云う呪詛にも思えます。呪いは自身に還って来ます、お気を付け下さい。(ユイスマンスも、スタニスラス ド ガイタの呪いを本気で信じていたそうです)澁澤さんの書籍は、人から借りて読んだ、なので持っていない、バタイユも借りて読んだ、マンディアルグの本も見せてもらったと、正直に書けない理由は図りかねますが、もし本当に覚えていないのなら、記憶障害かもしれませんね。過去を捏造するよりも、ちゃんとしたフィクションを書いた方がいいのでは。

  5. 匿名

    特定の人物が存在しなかったように記載して、その人物から得た情報を自分で入手したかのように書くのは、盗みに等しいので止めて下さい。その人物が居なかったら起きなかったであろう事は、書かなければいいだけなのに、自分だけの出来事とするのは見栄ですか、自慢したいのでしょうか。その為には嘘も平気でつくのですね。澁澤龍彦を敬愛する女性とやらを、友達を馬鹿にする為だけに登場させて、その人から得たものには言及しないのも、卑怯ですね。今、あなた自身は、その友達よりもっと蔑みと憐れみの目で見られていますよ。永久に。

  6. M

    科学的な議論とは何かを考えさせられますね。矛盾や間違いの指摘を受け、立場や観点の違いを解釈すること、解釈の幅を広げることが議論として正当と考えます。しかし、きれいごとばかり並べても、そうは問屋が卸さない。議論には、人が主張に執着するなりの、拘りや主義が垣間見えます。その生々しくも辛辣なやり取りは、ポリコレ全盛期の今、稀有な機会かもしれません。もっと、もっと頂きたい。参加できない浅学菲才を省みて、後学のためにコメントを入れてみました。(ダメか)

  7. 林正樹 投稿作成者

    昨晩気づいたが、この紀行文には大きな問題があったので削除した。理由は非常に個人的なことなので書かないが、ブログで文を公開するにあたって、ここしばらくの自分の難しい生活に配慮したせいで、人称に嘘があることにようやく気付いた。また、いつか書き直して再掲するかもしれないが、だいぶ先になるだろう。また、他のブログ文にも同じものがあるはずなので、順次、削除、または書き直しをしておくことにする。

  8. 匿名

    書き直せるものは書き直し、無理なものは削除というのが妥当でしょうね。人は他者との関わり合いに置いてしか、その存在を規定し得ないものなので、それを蔑ろにするとある日突然しっぺ返しを受ける事もあります。個人のブログとは言え、不正確な記憶や個人の思い込みに基づく記載は極力避けるべきだと思いますよ。検討して頂いてありがとうございます。

  9. 林正樹

    こちらこそ。ここかなりしばらく自分を見失っていたかもしれず、この記事の内容については完全に不覚でした。以後、気を付けます。

  10. 匿名

    還暦を過ぎて「自分を見失っていたかもしれず」とは言葉を失いましたが、指摘されるまで気付かなかったことが多過ぎますね。「澁澤龍彦について」でも、いささか申し上げたい事はありましたが、それは控えて注視するに留めました。しかしあの紀行文は、さすがに看過する事は出来なかったので、指摘するのは妥当かと。「自分の難しい生活に配慮したせい」だそうですが、他人への配慮は皆無でしたね。身近な人には直接話して大目に見てもらうことも可能ですが、他人にはそうは行かないので、その分余計に配慮が必要ではないでしょうか。敬意を払う事も忘れ、全て自分一人でおこなったように書くのは、妥当性を欠いています。全消ししたと云うことは、単なる訂正程度では済まない事だと自覚なさったのでしょう。良いことです。目を覚まして、しっかりと事実に基づいた記述をなさって下さい。インスタに同じ写真が多数投稿されている、ということも有り得るので。

  11. 匿名

    訂正されていない文章の中から、特にこれは何とかすべきであろうと思われたものにコメントしておきましたが、全てとはいかないので、ここに書き込みます。ボマルツォについての記事を見ましたが、あれも正確ではない箇所がありますよ。写真は9枚しか残らなかったのではなく、焼き増しした9枚です。写真は全部残ってます。(ギリシャの写真もあります)車が捕まらなければホテルには戻れなかった、はあ?帰りも歩きのつもりで出発していた筈ですよ。こんなところで話を盛るのは理解できませんし、勘違いだとしてもおかしいでしょ。この手の、創作のつもりなのか、単に面白くしようと盛ってるのか、完全な記憶違いなのか、はたまた自慢したくて誇張してるのか、判然としない文が多いのですが、他人の不名誉に関わる可能性があるものは、気を付けて下さい。実名でブログをやっているのですから、事実関係には注意が必要かと。感想や考えなら好きに書くのは結構ですが、事実を歪めてまでする事ではありません。無自覚だったと言うのは嘘を書くのは悪いという自覚がなかった?それとも本当に記憶障害なのですか?過去を捏造して、その思い出に耽るのが楽しいのだとしても、それは創作にして下さいね。これは作り話ですと断ってあれば、何を書いても宜しいかと。

  12. 林正樹

    だいぶ迷ったのですが、やはりリプライを書いておきます。
    いろいろなところにつけられたコメントを見て、見ての通り文をいくつか削除しました。
    コメントはすべて匿名なので、僕もこれ以上、このオープンな場で、なんとも言い難いので、あまり書かなかったんですが、書き方からしてもう明らかなので、返事を書くことにします。でも、それでも匿名なことは変わらないので、それなりの書き方になってしまうのを、お許しください。
    全体に、僕が人から得た知識や情報をあたかも自分のものであるかのように、単に利用して、自分語りのネタにしている、その様子が汚い、という非難だと思います。
    しかし、これははっきり言えますが、その知識を僕に与えてくれた人から僕は多大な影響を受けており、それなしに今の自分はあり得ないので、その人には感謝の言葉以外はありません。
    僕は元来が、人からのよい影響はそのまんま受け取ってしまうタイプで、あるところまでそれを受け取ってそれを自分なりに消化すると、自分のもののように扱って語りだすことは、たしかで、さらに悪乗り気味になる傾向があることを自覚はしています。それはある意味、僕の文章スタイルですが、たしかに気を付けないといけないことには、変わりませんね。
    ただし、今回のやり取りの元になった、ギリシャ・イタリア紀行は、あれは、本当に僕の不覚でした。事実の捏造と言われても返す言葉がなく、自分でようやくそれに気が付いたとき、恥ずかしい思いをしました。それについては、本心から謝ります。
    しかし、その他の文については、たしかに行き過ぎの表現はありますが、僕は、自分が愛情を持った対象についてしか文を書きませんから、行き過ぎはある意味愛情ゆえです。ただ、もちろん、その当人がそれを読めば、僕が勝手に抱いた愛情にもとづく勝手な表現と映ることはあるでしょうから、クレームが付けば可能な限り修正します(今は単に削除してますが)
    僕が、人を利用して自分を売り込む汚い輩だ、とあなたに思われていることは、悲しいことですね。自分自身、物を盗んだり、嘘を付いたりすることを、とても嫌う人間なので、自分がそれだ、と言われることは苦痛ですが、これも僕にとっていい反省のチャンスなのかもしれません。
    あなたがコメントの中で呆れたように、僕は60を過ぎても自己が固定してないんです。

  13. 匿名

    おっしゃることはよくわかります。あの紀行文を目にするまでは好意的に見る様に努めていたのですが、あれだけはいただけなかった。その印象で他の文も、云わば色眼鏡をかけて眺めた傾向は否めません。ただ、少々失望したと云うか、もっと面白い視点をお持ちだと思っておりましたので、残念な気がしたと云っては言い過ぎでしょうか。繰り返しになりますが、人から聞いたこと等はその旨書き添える様になさる方が宜しいと思います。私が特にこだわったのは、おわかりでしょうけど澁澤龍彦に関する部分です。これだけは譲れないと云う気持ちが強すぎて、自制が効かなくなっていたかもしれません。あともうひとつ、ディ―ラーではない云々も、あの手の話は注意が必要です。書き方が辛辣過ぎたのは、こちらも感情的でした。お詫びします。私自身は、特に隠す必要のないことは普通に話しているので、新しい友人などに聞かれればありのままに答えます。結果、こんなやり取りも生じる。友達数人と飲んでいて、一人がyou tubeで音楽をかけ始める。聞き覚えのある歌声、、、私:おい!オメ、何かけてんだ!友達:えへへ―、この人ですよね~、見つけちゃった―私:やめれ友達:いーじゃないっすかー、Rよりイケてますよー、気に入ったな~はーしさん(笑)(ちなみにRはアメリカ人のミュージシャンだが我々ウチでは評判悪し)ファン獲得したか―と普通に笑ってたんですがね。紀行文を読んで、この調子で過去を書き換えるつもりなのかと思ったら、自分のお人好しさが馬鹿げて見えた気がした。しかしね、澁澤龍彦のことってアレは何が云いたいのかホントわからんと思いました。年齢は関係ないけど魂も成長するので、いつまでも同じ所にはいられません。そちらの誠意は充分理解致しました。私も実名を出すことは構わないのですが、他の人に知らせる意味がないし、私が誰かはすぐに分かると思い、匿名にしました。愛情と云うのは一方通行なんですよ、どんな場合でも。だからフィクションを書いた方が良いと云うのが今の私の考えです。想像の翼は自由に羽ばたかせてあげないと、実生活に埋没してしまうので。長文失礼しました。あと、返事が遅くなりましたが、理由は全く私個人のことです。これからまた色々始まります。あまりご自分を見失い過ぎない様にお気をつけ下さい。

  14. 中野友子

    追記:オープンな場でする話ではないと云うことですね。私のコメントは全て消しても構いませんし、削除した文を復活させるのもご自由に。最初の対応があれだっただので、私もムキになりすぎました。事実誤認だけは見過ごせませんし、異論反論もありますが、クレーマーになるつもりもございません。ただ正当性を問うたつもりでした。悪しからず。

  15. 林正樹

    本名で話せてよかったです。僕は、実は、かなりしばらくの間、誰だか分らなかったんですよ。あるとき、あれ? ひょっとすると、と気づきましたが、なにせ何十年も経っていたせいもあり半信半疑だったりしました。でも、後半は、はっきり分かったので、上述の返信を書きました。
    あなたのコメント文を読んでいて、辛辣なところ、棘のあるところ、率直なところ、陽気なところが、自然に混ざって出ていて、全体に躍動感が感じられ、これは本心から、元気そうでよかったと思いました。
    それに比べて、僕のコメント文を読んで、あるいは分かったかもしれませんが、僕はだいぶ沈んでいます。これから再浮上しないと、という矢先だったので、自分を見失い過ぎないように、という言葉は、期せずしてドはまりしてます。
    それにしても、思いもよらなかった、こんなことって、あるんですね。

  16. 林正樹 投稿作成者

    なんだかブログのデータベースの更新に失敗したんだか、コメントが消えてますね。
    僕のメールは以下なので、こちらへどうぞ。
    hayasim77@gmail.com

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