ブレッドボードの上で試作した2A3シングルステレオアンプ
(*その後2A3シングルプリメインアンプへ-->電子工作あれこれ

>はじめに

 

6BM8の超三極管接続アンプを作ってから半年ぐらいがたった。この間に、本を買い込んで、 Webをひたすらあさって、ずいぶんと急速に勉強し、そこそこの知識を仕入れた。はっきりしたことは、この世界は相当、奥が深いということで、たかだか実用アンプをひとつ組み上げたていどで知った風を気取れる世界では到底ない。特にアナログの世界は、経験と勘がかなりものを言うことはすぐに想像がつくが、これが真空管ともなるとなおさらで、さらに出てくる結果が、結局は「音」である、ということになると、さらに耳がこえていないと歯が立たない。全体に、とにかくひたすら実際に作ってみるということが重要のようである。

このレベルの自分が、アンプの設計製作について語るなどということは、まあ「十年早い」ということなのであるが、元来が語りたがりでもあり、僕と同じようにさいきん真空管アンプを始めた人に何かの足しにもなるかもしれないとも思い、書いてみることにした。こんな訳なので、間違い、誤解が随所にあると思うのだが、それも進歩の一時期、ということで、後でもっと進歩したときに見たときに楽しめるかも知れない。もし、間違いなど指摘していただける方がいらしたら、是非お願いしたいと思う。

ということで始めるが、あれこれ右往左往しながらアンプをまとめてゆく過程を、そのまま記してゆくこととし、かなり雑然とした形式で書いてみることにする。それから断っておくがかなりの長文である。

 

>そもそもの動機

 

6BM8超三アンプは我が家の現用メインアンプで、音にまったく不足はない。家庭のオーディオとして、アンプを何台も製作するなどということはあり得ない。置き場所に困るだけのことだ。ということで、アンプ作りなどまるで考えていなかった。そこで、代わりに真空管ギターアンプの製作を始め、そこそこのものを完成させた。6L6GCシングルで、12AX7が初段のものである。その過程で、ギターアンプについてずいぶん調べた。特に、ギターアンプの本場アメリカのハンドメイドギターアンプ製作販売会社Kendrickを興したGerald Weberさんの出版した二冊のノウハウ本をひたすら読んで知識を仕入れた。

あるとき、この本に面白いチャプターがあるのに気づいた。スティールギターに向いたアンプを作るにはどうするか、といった話題である。Kendrickはフェンダー系のナチュラルディストーションのきいた音を特徴とするメーカーなのであるが、彼曰く、スティールギターには、ブルース、ロックに使うアンプの音とはまったく異なるアプローチが必要だというのである。スティールギターは、低音から高音までフラットで、容易には歪まず、アタックがきいた、コンプレス感のないのびのびとした音が必要だというのである。そこで、彼はこれを達成するための、あれこれの回路上のポイントを述べてゆくわけであるが、待てよ、これは、つまりは、オーディオHiFiアンプのアプローチそのものではないか? ジェラルドさんの要点をこうである

という訳である。コンセプトは、タイトでクリーン、エッジがはっきりしていて圧縮感、歪み感がない、というものである。実は、ブルース、ロック系のアンプの音というのは、以上とほとんど逆なのである。これを読んでいて、これらノウハウをHiFiアンプに使ったらどうだろう、と思ったのである。つまりギターアンプと逆のことをやってみよう、というわけである。

 

>あれこれの構想

 

始めに考えたのは、出力管に五極管を使い、オール固定バイアス、ダイオード整流、電源フィルターコンデンサを巨大にし、ふつうより高圧をかけて動作させるアンプだった。出力管は、ギターアンプに使った6L6GCにしよう。さて、ドライバーはどうしようか、などと考え始めた

負帰還については、アンプについて勉強を始めたときから、いろいろな本で、サイトで、さまざまに語られる、いまだに大きな問題であることは知っていた。NFB派とNFBなし派があって、あらゆることが言われている。ちなみにギターアンプではNFBなしの歪み音が好まれることが多い。とはいえ、これはギタリストの好みによりけりで、通常は、NFBがかかっているのが普通である。特に近年は、アンプで音作りするより、エフェクターを多用してアンプの入力より前で音を作ってしまうことが多く、忠実度が高い方が使いやすかったりするからだろう。ちなみに、面白いことに、高音域のNFB量を変えられるプレゼンスというツマミが付いているアンプも多い。さて、オーディオアンプだが、最初に考えたのがNFBを強くかけた特性の良いアンプだった。ではNFBはどうやってかけようか

ダンピングファクターもこの頃やっとまともに目を向け始めた。周波数によってインピーダンスが変わる出力トランス、そしてスピーカーの逆起電力で様々にゆすられる出力トランスをフラットにドライブするためには、出力段の低いインピーダンスが必要だ、ということであるが、感覚的にとても納得できる。NFBをたくさんかければ出力インピーダンスが下がり、DFは良くなる。考えてみればNFBというもの、周波数特性はフラットになる、歪みは減る、雑音は減る、そしてDFは良くなる、と、悪いところはまるでないではないか。唯一、位相の回転による帰還量の乱れ、最悪発振という欠点があるのみで、この回避の仕方はいろいろ研究されている

三極管の内部抵抗は五極管よりかなり低いので、DFは三極管で3あたり、五極管では一桁悪い0.1あたり、という具合になる。DFはできれば8ていど確保したい、とある。ということはDFの観点からは、三極管ならNFBなしでぎりぎり許せるが、五極管ではNFBが必須となる。これは、昭和44年発行の「ラジオ技術」の記事にあったのだが、裸の出力管のDFがどんなに悪くとも、NFBをかければ必ずあるDF以上になる、という事実があるそうだ。試算によれば、20dB のNFBをかければ、どんなに内部抵抗の高い管でも、必ずDFは9以上になる、とある。これは従来の通説の間違いを、綿密な数式で指摘したもので、なかなか面白い。素人向けの雑誌に、このような研究発表のようなものが載る、というのが当時のまじめさを物語っていて、すばらしい。ちなみにこの記事の筆者は、当時の企業の音響研究室の研究者の方である。

結局、NFBをたくさんかければ、三極管でも五極管でも、どんな管でもDFについてはOKということである。そしてもちろん、周波数振幅特性、そして歪み率、出力での残留雑音についても、NFBをかければ単純にすべて良くなって行く。こうなってくると、極端に言えば、増幅器が真空管であろうが、トランジスタであろうが、オペアンプであろうが、強度のNFBをかければ何でも同じ、ということになってしまう。で、実体はどうかというと、やはり問題は複雑で、強度のNFBで片づいてしまうようなものではないようである。となると、あと残っているのは、位相特性、過渡特性、規定出力以上になった時のオーバードライブ時の特性ぐらいになるが、どうなのだろう。

超三極管接続という回路が、強度のNFBを出力管にかけた、直結アンプだ、とは作ったときはまるで分かっていなかった。いまだに回路的なことは難しくてちゃんと理解できないのだが、出力の五極管のプレートから、三極管を通して、グリッドに大量の負帰還をかけているのだそうである。で、結局、出力トランスの前で、内部抵抗を低くし、信号源の素性を良くして、出力トランスをドライブする、ということのようだ。普通は、出力トランスの2次側からNFBをかけるのが一般的な方法で、これにより出力トランスの特性も含めて改善する。しかし、超三の人たちのコンセプトでは、出力トランスはスピーカーの逆起電力その他でゆれているので、これを帰還ループに入れると過渡特性が不可解に乱れる。だから、トランスの前で十分なドライブ能力を用意し、トランスは生のまま使ったほうが音が濁らない、という考え方のようである。

我が家の現用アンプは、超三の6BM8アンプであるが、一度、仕事で音をやったこともある人が遊びに来たとき、自作アンプの音を聞いてもらったことがある。彼の評価は「素直なよい音」だ、というものであった。これは、あまり耳のこえていない僕にとっても分かるような気がする。僕の感想は、近年の、回路技術の進歩によって達成された、特性の良いトランジスタ、あるいはICアンプのような音だ、というものである。これは別に悪く言っているわけではなく、ロックからクラシックまで何だって聴くことを考えると、家庭の現用アンプとして必要かつ、十分な性能である、ということだと思う。超三というのは、全段直結によってCRの振幅位相の悪化をなくして、深いNFBをかけて増幅器をピュアな状態にして、素直に出力トランスを駆動する、というものに思える。

この考え方は、とても共感できる。なんというか、濁りのない音がいかにも出そうである。そこで、帰還ループにトランスを入れずに、終段のプレートからNFBをかけてみることにする。僕の作った超三もそうだが、超三では出力トランスはなぜか安っちい小型のやつを使った方が聴感上よい結果が出るとされている。これは謎だが、たしかに現在、千円もしないような安トランスで十分な音が出ている。たぶん、このトランスをふつうの6BM8抵抗結合アンプに使ったら、音がなまって聞けないんじゃないだろうか。ちなみに、これはいつか試すつもりで、そのために50BM8を2本確保している。さて、これから作るアンプに超三回路を使うつもりはないが、トランスより前の素性を良くするという考え方を使わせてもらうことにした。そして、この考え方の元に、今度は、でかくて、特性の良い、高価な出力トランスをドライブしてみよう、という作戦を立てた。

最初に作ったのが超三という、特殊な、近代的に工夫された回路だったので、今度のアンプは超オーソドックスな回路にしたかった。すなわち、シングルエンドのごくふつうの抵抗結合の多段アンプである。出力管は五極管として、三極管のドライバを1、2段という構成とするわけだが、特に終段が五極管シングルとなると、DFの面からも、歪み率の面からもNFBは必須になる。出力管のプレートから初段、出力管単体のPG帰還などをマルチに組み合わせていろいろ実験することにする。そして、勉強のためにトランス2次側からのオーバーオール帰還もやってみよう。

三極管接続でDFをかせぎ、歪み特性を偶数高調波歪み主流にして、あわよくば無帰還のアンプというのも考えたが、取り出せるパワーがかなり減ってしまうのが問題だった。6L6GCシングルエンドで7.5W取れるところが、1.2Wぐらいになってしまう。スクリーングリッドをプレートに接続すれば三極管接続、トランス1次巻き線のB電源側に接続すればふつうの五極管、ならばトランス巻き線の真ん中へんにスクリーングリッドを接続すれば三極と五極の中間あたりの特性になる。このウルトラリニア接続もこの頃知ったが、三極管接続ほどではないが、やはりパワーが目減りするのが問題だった。

パワーについては、いろいろ言われているが、少なくとも前回よりは大きく取りたかった。現用の6BM8超三アンプのパワーがだいたい1.5Wだった。音楽ソースのダイナミックレンジを考えると、平均的に鳴らしているパワーの10倍ていどは余裕をもつ必要があるらしい。ピークがつぶれてしまうからである。僕の部屋だと0.5Wから1Wていどだろうから、アンプのパワーは最低で5W、できれば10W以上必要ということになる。現用の1.5Wでは小さすぎるということになり、これから作るアンプは5W以上を目指すことにした。

真空管かトランジスタか、という古くからある問題は、このダイナミックレンジが関わっている、という研究論文を読んだことがある。アメリカのオーディオ学会で1973年に発表された論文で、プロのレコーディングスタジオ設計をしているエンジニアによるものである。スタジオで働くミュージシャン、エンジニアの経験的定説で、「トランジスタを使ったコンソールは音にライブ感がない」と言われており、これを科学的に解明しようとしている。面白いのが、物理的に動く素子が接続されたところに使われたときに、真空管とトランジスタの音の違いが出る、というのである。つまりレコーディングスタジオなら、入り口のマイクの直後の初段増幅器と出口のスピーカー(または当時ならレコードのカッティングマシン)の直前のパワーアンプ終段である。そして、途中の部分はどちらを使っても同じだという。この論文は初段について分析しているのだが、マイクで収音された楽器音のダイナミックレンジが非常に大きく、S/Nとのかねあいからどうしても信号のピークがオーバードライブ領域に入る。オーバードライブ領域での歪みを解析すると、真空管、トランジスタ、オペアンプの順で奇数高調波が大きく、そのために、耳に心地よい偶数高調波が多い真空管が聴感上もっとも良く聞こえる、という結論である。

30年前の論文でもあり、現在の進んだ技術では必ずしもこの限りではないだろうが、オーバードライブ領域での違いが影響するというのは分かるような気がする。パワーアンプであれば、信号がオーバードライブ領域に入らなければ良いわけで、やはりパワーの余裕は必要だということになる。ちなみに、CDデッキに真空管を使ったものを見かけるが、こちらは信号の入り口の初段に真空管を使うと音が良い、という昔の定説に合ったものかもしれない。D/Aの直後を真空管で受ける、というのはイメージ的にも良い感じがする。もっともD/Aの最大出力電圧は決まっているので、受けのアンプはオーバードライブ領域に入ることがないように設計されているはずで、違いが出るとしても別の理由によるだろうが。

さて、結局、NFBを終段のプレートからマルチにかけ、五極管はそのまま使い、DFを始めとする諸特性を良くして高価なトランスをドライブする、という方針になった。抵抗結合の多段アンプなので位相の回転によるf特の暴れや発振が問題になりそうだが、これについてはカットオフ周波数をばらつかせるスタガリングなどのテクニックがある。しかし、それより単純に、結合コンデンサーの値を常識よりはるかに大きくして、超低域へ追いやってしまえば問題ないのではないか、と考えたのだが、このやり方、どこにもあまり載っていない。ただ、こうなると結合Cに、電解コンデンサを使わざるを得ないことになってしまうのだが、真空管アンプ回路で、段間にケミコンを使ったのを見たことがない。昔のトランジスタアンプでは、インピーダンスが低いせいで、段間といえばケミコンだったと思うのだが、どうなのだろう。信号の通り道にケミコンはちょっとね〜、ということなのだろうか。しかし、それならカソード抵抗のバイパスCだって、デカップリングCだって信号は通っているわけで、そこにはケミコンが使われているのが何となく納得できない。

回路図のビジュアル的に言うと、確かに、真空管アンプの段間に斜め網がけの入ったケミコンというのもカッコ悪い。真空管の回路記号は、極板の間になにもない、すっきりとしたところがいい感じなわけで、段間のコンデンサも同じく極板向かい合わせで間になにもないすっきりとした感じが合っている。ちなみに、トランジスタの記号は、ハナから3つの信号が一枚の板の上でくっついているので、段間のCも同じく極板のあいだに媒介物が有るケミコンが合っている感じである。そうこう考えているころ秋葉原をぶらついていると、ジャンク屋っぽい店に、1.5μFのコンデンサが1本200円の安値で売っているのを見つけた。ということで、結合コンデンサは、ちょっと足りなくはあるが、この1.5μのでっかいヤツにすることに決めた。通常の真空管アンプで使われる値の10から20倍といったところだろうか。

固定バイアスは、なぜかオーディオアンプではあまり見かけないのはなぜだろう。ギターアンプだと、あるていど以上の出力のアンプのほとんどは固定バイアスである。オーディオ関係を調べても、固定バイアスと自己バイアスの音の性格の違いをあまり問題にした記述に出会わない。ギターアンプの場合は、整流管かダイオードかの問題の次に出てくるほど、よく言われる違いなのだがなぜだろう、カルチャーの違いだろうか。ギターアンプの世界では、前に述べたように固定バイアスは音がタイトで、逆に、自己バイアスは、大信号が入ったとき、大きな電流がカソード抵抗に流れ、電圧降下が発生し、真空管の動作点が一時的に変わるため、信号を圧縮する作用が働き、音が丸くなる、とされている。クリアでタイトな音なら固定バイアス、ということである。ただエレキギターの場合、ピッキングのときの音のアタックが通常のオーディオソースより圧倒的に強いので、この辺が問題になるのかもしれない。今回、特に終段の真空管を固定バイアスにすることに最後までこだわった。整流管かダイオードかという問題も、固定バイアスでタイトな音も求めたなら、これは整流もダイオードということになる。整流管は内部抵抗が高いので、やはり信号のアタック時に電圧降下で信号の圧縮が起こり、タイトさがなくなる、ということである。

結局、五極管終段で、RC結合の、NFBをたくさんかけた、ダイオード整流のアンプ、といういかにも教科書的な標準アンプ像になった。唯一変わっているところといえば、固定バイアスを使おうとしていることと、NFBループに出力トランスを入れないことぐらいか。それにしても、たかだかコピーの超三アンプ1台、若干の定数変更だけで作った簡単なギターアンプ1台、という製作歴しかないのに、よくもここまで理屈をこねたものである。ほとんどすべて読んで仕入れた知識であり、完全に頭でっかちである。まあ、今回は余裕のあるケースに組み、いろいろと回路をいじって実験をしながら仕入れた知識を実地で体験してみることにしよう。

 

>2A3アンプに方針変更そして設計

 

そうこうしているある日、JBLのスピーカーを頂いたYさんからメールがあり、このまえ秋葉原をぶらついているとき、たまたまラジオセンターの奥の真空管アンプ屋さんの前を通りかかったら、昔なつかしい2A3が売っているのを見つけたそうで、「やっぱり2A3のビジュアルってカッコいいですね」と書いてきた。なるほど2A3か、あの大きな直熱三極管は、たしかにこれぞ真空管、という存在感がある。しかし、アンプ作りを始めたばかりの身としては、2A3を使うのはもっとずっと後だと思っていた、つまり「十年早い」という感じである。300Bなどになると、もう恐れ多いといったところである。

ところで、気が変わるってのはよくあることで、ある日、さしたる根拠なしにとにかく2A3が欲しくてたまらなくなり、急遽秋葉原へ出かけて買ってきてしまった。ロシア製のものが安値で売っていることは知っていたので、Sovtek製2A3をペアで7千円で迷わず購入した。考えてみると6BM8の国産ものなどよりは安いかも知れない。実は、その足で、Yさんの事務所へ行く用事があり、さっそく買ってきた2A3を箱から丁寧に取り出して、二人で大騒ぎであった。いい大人が、ガラスの球を手にして、すげえすげえと騒いでいるというのも、何というか、実に趣味の世界である。

これまで、さんざんあれこれ構想してきたのだが、これでずいぶんとリセットである。とにかく手元に2A3が2本ある。こんどは、これを前提に構想を練り直すことになった。とはいえ、基本的には終段を五極管から三極管の2A3に変更するだけで、あとの構想はそのままで行くことにする。本来だったら、2A3という古典的な球を選んだからには、整流管を使い、自己バイアスで、無負帰還、という古典回路へ変更するべきだったかもしれないが、やはり新しいことがやってみたくて、あくまで前述の構想そのままで行くことにしてみた。

ここからが具体的な設計になるのだが、あっという間に問題が持ち上がった。2A3を固定バイアスで使おうとすると、グリッドリーク抵抗の上限が50kΩとなる。プレートからグリッドに流れ込んだ電流が抵抗の両端で電圧降下を起こし、バイアスが浅くなり、プレート電流が増し、そのせいでグリッド電流が増し、という悪循環を起こし暴走することあるからである。暴走しないためにはグリッドリーク抵抗の電圧降下を抑えるため、抵抗値を小さくしなくてはならない、というわけである。50kΩという値は、シングルエンドの回路図をいろいろ漁ってみても、いかにも低い値でほとんどお目にかからない。第一、2A3を固定バイアスで使った例はほとんど見あたらない。

終段の入力抵抗が低いと、これをドライブする前段の負荷抵抗はおのずと低くしなくてはならず、そうなるとプレート電流を大きくとらないと、まともな動作点にならない。同時に、この状態だと、B電圧を大きめにとらないと取り出せる信号のピーク電圧の幅がかなり狭くなってしまう。2A3は三極管らしく感度が悪く、最大出力の3.5Wを取り出すには、ピークでなんとプラスマイナス40Vもの入力信号が必要なのである。2A3をドライブするには、かなり強力なドライバ管が必要だ、とここそこに書いてあるのはこういう意味なのか。プレート電圧、電流ともかなり大きくしないとうまくドライブできない、ということはプレート損失の大きな球を使わないとダメだということなのだろう。今回は、固定バイアスなので余計に厳しくなっているようである。

強力なドライブ管を選んで、高いB電圧で使えばいい、ということだが、ここでまた厄介が持ち上がる。2A3は低いB電圧で大きな出力がとれるという特徴の管で、標準動作のプレート電圧は250Vとなっている。自己バイアスなら、カソード抵抗の両端のバイアス電圧約50Vがあるので、B電圧は300Vということで、ドライブ段にも割と大きな電圧が渡せるが、固定バイアスだとB電圧は正味250Vで、ドライブ段をそんなに高圧でドライブできない。さて、どうしよう。

ドライブ管に適当なのが見つかれば解決するのだろうか。この辺になると知識不足でどうにもならない。僕がなじみのある管といえば、わずかに12AX7ぐらいだが、プレート損失も1W、内部抵抗も高いし使えそうもない。このシリーズだとT、Y、Uとあるが、第一、2A3と大きさの違いがありすぎてカッコ悪い。そこで、そこそこ大きな6SN7のあたりがいいかな、と思い調べたが、まあ使えるかもしれない。しかし、何となく煮え切らない、ということをうろうろと繰り返していた。

フランス人の作った2A3シングルアンプの写真に出会ったのはこの時であった。ドライバは5687というローμの管で、プレート損失4Wと強く、ちょうど12AU7あたりに相当するようで、なにより形状が12AU7と同じ大きさなのである。このアンプ、さすがフランス人(?)というか、なかなかオシャレで、えんじ色の木材で囲んだシャーシに、黒の上板で、そこに2A3と5687が前後に縦に並んでいる。面白いのが、手前にとてもちゃっちゃな5687、その向こうに大きな2A3が立っていて、おかあさんに見守られた子供のようなイメージを醸し出しているのである。ついでに言うと、その2A3の後ろに巨大な黒い出力トランスが控えていて、ちょっとおとうさんっぽい。このデザイン、モノラルアンプなのも良かったのだろうが、とても気に入って、小さいドライバ管でもデザイン的に使えることを気づかせてくれた。やっぱりセンスさえあればどんなものだって自分のものにできるのだな、と思う。

12AU7、12AY7、12AT7、12AX7と特性を当たって行くと、12AU7がプレート損失2.7W、増幅度が17とローμで、内部抵抗がかなり低く、2A3のドライブにはけっこう合っているのを発見、ドライブ管は12AU7に決定した。なんというか真空管のパーソネルが決まるというのは嬉しいもので、がぜんやる気になる。思うに、12A...シリーズのネーミングでは12AU7って一番鈍くさい感じがする。そういう意味じゃ、12AX7は切れ者系、12AT7は堅くって軽い感じ、12AY7はやわらかい感じ、それで最後に12AU7はお人好し、みたいな響きがある(勝手な連想だが)で、考えてみると2A3っていうネーミングも何というか、きりっとしたところのない響きに聞こえる。2と3の間にABCのAというのも、たとえば12AX7のXといかにも釣り合わない。そうしてみると、2A3と12AU7というコンビ、けっこういいんじゃないかと思えてきて、楽しくなってきた。

問題のB電圧だが、12AU7のロードラインをいじくり回しながらあれこれ考えたが、やはり最低でも300Vは欲しくなる。となると最後は、電源の2重化しか手がなくなる。実際に、このようにして2A3をドライブしている例も見つけたが、どうも回路図のビジュアル的に二の足を踏んでいた。回路図のビジュアルなど、じつはアンプの音にとってはまるで関係のない、どうでもいいことなのだが、なんか気になってしまうのである。今回、オーソドックスな回路で行きたいという気持ちがあったので、どこまでもオーソドックスじゃないと気が済まない、といったところか。我ながら、いい音を出したいのか、部品をいじくり回して遊びたいのか、はっきりしない。

思うに、趣味で自分のためにアンプを作るということは、だいたいが、外から与えられる要求仕様というものはハナからないわけなので、結局は構想から始まって、設計、製作に至るまでのすべての行程を全体として楽しむ行為なのかもしれない。江戸っ子の粋をあらわす言葉に「裏地に凝る」ってのがあるが、回路図のビジュアルに凝る、なんてのもこれに相当するかもしれない、と考えると、まあ、いいんじゃないかとも思えてくる。要は見えないところまで自分が納得して満足しているものにしたいわけである。そんな風に自分の作ったアンプに愛情があれば、聞こえてくる音だって良く感じられるはずだろう。

電源の2重化はさておき、2A3に供給する250Vをどう作ろうか、と考えてみると、これが結構厄介である、つまり電圧が低すぎるのである。ダイオード整流と決めていたので、電源トランスに200V巻き線のやつを使ってようやく平滑コンデンサのところで260Vぐらいとなる。いろんなPTを調べてみると、2A3が使えるような容量の大きなPTで200V巻き線はあまりなく、低くても250Vである。250Vだと整流後は320Vぐらいになり、自己バイアスならカソード両端の電圧が50Vぐらいなのでちょうど良くなる。うーん、やはり2A3を固定バイアスで使うなんてあまりないということなのだろう。抵抗で電圧を下げてしまったら、せっかくダイオードにしてまでレギュレーションをかせごうという目標に反する。

チョークインプットというもの、あまり見かけないのだが、これは、今こそやるときなのだと思いついた。チョークインプットなら、250Vを整流すればチョークアウトで250Vぐらいになってばっちり解決する。それにチョークインプットはレギュレーションが良いので、目標にも見事にかなっている。それに、これは変な話だが、2A3に供給する電源がチョークインプットなら、12AU7に供給する電源はコンデンサインプットにして、二重化することも、両者の性格が異なるだけに、素直に納得できる。ということで、電源の問題は二重化で解決した。

ここまで決まれば、あとは定数の決定に入れる。2A3の動作点は推奨通り、2.5kΩの負荷トランスで、プレート電圧250V、プレート電流60mAとする。問題のドライバの負荷抵抗は、そこそこに低い33kΩにして、B電圧を300Vぐらい、プレート電流は約4.5mAとした。ドライバにもけっこうな電流が流れ、出力もフルスイングのピーク・トゥ・ピークで90Vにもなるわけなので、終段同様タイトな音を目指して固定バイアスとした。なにより、カソード抵抗とバイパスコンデンサがないのがすっきりしていていい。初段については、信号も小さいし、NFBをかける予定でもあり、自己バイアスとした。12AU7は増幅度が低いので、2段増幅してもNFBに十分なゲインが得られないような気がしたが、まあいいやとばかりに、裸ゲインの計算はしなかった。結局NFBについてはカットアンドトライでいろいろ試してみながら決めることにした。

ここまで考えて思うのだが、真空管アンプなるもの、実に単純な回路で、いったん、使う球と、その動作点が決まってしまうと、もうあまりやることはない。しかし、それまでが結構長いのである。となると、結局は構想の良さが大切なのかもしれない。僕が今回取った構成が、はたして良いのか悪いのか、それは作って聴いてみないと分からないが、一応設計の志向だけははっきりしているので、これはこれで自己満足には十分だろう。ざっと2、3ヶ月は、何かと悩んで過ごしたわけだが、思い返してみると実に楽しかった。

 

>部品集めと試作、試聴

 

回路定数はあらかた決まった。ちょっと悩んだところと言えば、バイアス用のC電源回路だった。パワートランスにC電源用巻き線があるやつを使う予定だったので、別に難しいことはないのだが、調整用のVRにどのくらいの大きさを使えば良いのだろうか。グリッド電流は流れないことが前提なので、別に大きくしてもよさそうで、始め、50kぐらいのでかいのにしたのだが、待てよ、グリッドリーク抵抗に加算されるんじゃないだろうかと気が付いた。せっかく低いグリッドリークが意味がなくなってしまう。デカップリングコンデンサより前だからいいと思いこんでいたが、考えてみるとこれは直流域での問題だったわけだ。そこで5kのVRとした。

トランス類については、ノグチトランスのホームページのスペックと値段をずいぶんとながめて悩んだ。高価なやつだと出力トランスだけで三万円とかいうレベルになってしまい、さすがに手が出ない。そこで、そこそこに良いものとして、TANGOのユニバーサルタイプのシングル用出力トランスU-808に決めた。1個1万円ということで、僕のレベルでは高価なトランスである。電源トランスについてはいくつか候補を決めて臨むことにした。最後の問題はチョークである。チョークインプットなどというマイナーな回路に決めてしまったので、実はけっこう厄介である。チョークインプットは、コイルに大量のリプル電流が流れるので、振動して音は出るわ、磁束は派手に漏れるわ、と大変らしいのである。そのため、チョークインプット用に特別に設計したやつでないと、かなりつらいらしい。これについては、現地で聞きながら何とかしよう

最後にケミコンの耐圧、そして抵抗のワット数の計算をして、部品を買いに行けるところまできた。あと問題は、シャーシーをどうするかであるが、自分で一から設計したアンプがすぐに実用になるとは思えないし、NFBについては何も決まっていないし、勉強のつもりで簡単に配線替えができるブレッドボード式にすることにした。ちょうど家に余りの木の板があったので、それをカットしてその上にすべての部品を乗せて配線しようというわけである。

週末の昼過ぎ、秋葉原へ向かい部品買いである。なんといっても今回はトランス類が相当な重さになるはずなので、丈夫なリュック持参で臨んだ。まずリプルフィルタとデカップリングのコンデンサを、安値の店で物色して購入。基板取り付けタイプのやつだと、大容量のものが割と安値で手に入る。もっとも、たなざらしの古いヤツかもしれず不安もあるのだが、かえってエージングにしたがって音が良くなってくる楽しみもあるかもしれないなあ、などと勝手に納得している。そういえばケミコンのエージング法などもアメリカのサイトで見つけたが、1週間ほどかけてゆっくりと電解層をre-formするのだそうだ。のんびりしていていいなあ、と思う。もっとも、これもアメリカの一戸建ての庭に建っているでっかいガレージかなんかでおおらかにやる光景に向いた話で、せせこましい我が家で1週間エージングはどうも似合わないし、通電しっぱなしというのも、こんな家ではなんか危なっかしい。こうなるとアメリカがうらやましいね。

ラジオデパート地下のノグチトランスのおじさんはけっこう怖い感じである。僕の前のお客さんも、僕よりずっと年輩のおじさんだったが、「もし私だったら、お客さんのような使い方はしませんね云々」などとけっこう素っ気なく言われっぱなしで、割と取りつく島がない。さて、僕の番となり、OPTのU-808は銘柄指定でいいとして、PTはというと店頭でしばらく悩んだが、えいやとばかりに決めてしまった。問題はチョークである。おじさんにチョークインプット用のやつが欲しいんですけど、と言うと、何ミリ流すんですか、と来るので、えーと120mAか、うーんと150mAぐらいかな、と答える。何というか、口頭試験を受けている気分である。おじさんカタログを出してきて、この3つですね、と言う。見てみると、これがまた1個一万五千円もするのである。思わず口が滑って、高いんですねー、と言ってしまうと、おじさん「あたりめえじゃねえか、チョークインプットにしてえんだったらそのくらい覚悟決めて来い」という顔をして黙っている。しかし、普通のチョークなら同じヘンリー数で三千円ぐらいの安値なのである。そこでダメと知ってはいても、どうしても聞きたくなり「普通のチョークじゃだめですかね」と言うと即座に「鳴きますよ」と言われた。ここで「鳴くって???」などとリアクションしたら終わりである、鳴きますの意味が分かっていて良かった。それにしても、それじゃこの高いの買うしかねえや、チョークインプットを止めると電源回路を始めから考え直さなくちゃなんねえ、えーい、とばかりに「じゃ、これ下さい」と言い放った。おじさん在庫を調べていたが、結局在庫切れだった。じゃ、とばかりにチョーク以外のトランス三個分を購入。買うときになるとおじさん口調も丁寧である。

思うに、これまでラジオデパートにずいぶんと通ったが、部品屋によっておやじさんの性格が出ていて、けっこう昔気質で面白い。素人の質問にとても親切に相談に乗ってくれるおじさんもいれば、「おととい来やがれ」とばかりにものすごく素っ気ないおじさんもいるところが面白い。そうなると、いかにも素人くさい若い客でも、かなり年輩の貫禄ありそうな客であっても、あしらいは変わらないところがいいところだ。部品屋でおじさんと対等に渡り合えるようになるのも勉強のうち、といったところである。

さて、それにしてもチョークどうしようか、と探しながらうろうろ歩き始めた。購入したトランス3つはリュックに入れたが、すでに相当の重さである。そうこうしているうちに、オールドストックものの真空管とジャンクを扱っているお店で、いかにもチョークインプット用という格好のチョークがジャンクで一万円で売っているのをみつけた。それほど古くないTANGO製で10H、200mAである、これはぴったりだ。そこでお店の人に念のためにチョークインプット用か問い合わせてもらうと、そうだ、という返答、即購入した。これで五千円が浮いた。チョークをリュックに入れると、さらに重くなったが、そのあと、抵抗やらコンデンサやら小物やらを買い込みに回った。不思議なもので、好きなことやっているとなると、いくらリュックが重くても気にならない。秋葉原を出たときはすでに夜だったが、その後、トランスもすべて持ったまま行きつけの飲み屋を2軒も梯子しているというのだから、まったく現金なものである。夜中に家に帰り、しょっているリュックをそのまま体重計の上に載せたら11キロだった、重いはずである。

ブレッドボードでの試作はまる一日ぐらいで終わった。購入ミスは、2A3のハムバランサにプレート電流が通るのを忘れていて、ワット数が足りないことぐらいだった。仕方ないので、とりあえずヒーター電極の片方をアースに接続しておいた。さて、火入れである。真空管を差さずに電源をオン、各部電圧を計ると、まあそこそこに正しく出ている。それではいよいよ真空管を差して、スピーカーをつないで再度電源オン、かなり大きなハムとジーというノイズがスピーカーから出ている。ノイズは置いておいて、バイアスの調整である。そこそこに設計通りに調整することができた。さて、これでいよいよ音出しである。DATプレイヤーの出力をつないでやって、ライ・クーダーをかけてみる。

なかなかいい音である。作業場で鳴らしたので、ミニコンポ用の小さなスピーカーボックスを縦に2段に重ねてモノラル状態で、さらにノイズはジージーとかなり重症だが、出ている音は確かに良さそうである。何というか重量感がある感じがする。これはたぶん総重量11キロのトランスと、でかい真空管のせいで、そう感じるのかもしれないが、やはりそう感じる。それにしてもこのノイズ、ハムバランサで消えるような気がしないほどでかい。というか、ハムだけだったら60Hzだけのような気がするのだが、60Hzの音に負けずにジーという誘導っぽいノイズが乗っている。何か別に理由があるのかもしれない、とドライバ管回りをちょっといじったがダメ。まあ、とにかく早くハムバランサVRを買ってこよう

ハムバランサを購入し、さっそくつけかえて、VRを回してみると、これが、劇的にノイズがなくなる。あの誘導ぽいジーというノイズも60Hzといっしょに、ある一点できれいになくなる、これが直熱管というものなのか。さらにドライバ管のハムバランサを調整してさらにノイズは小さくなり、スピーカに耳をつけても聞こえるか聞こえないかぐらいまで減った。その時点でもう一度音を鳴らしてみると、かなりいい。そこで全体を作業場から持ち出し、我が家の現用の超三アンプの位置に置き、JBLのスピーカーとCDプレイヤーをつないで鳴らしてみた

2A3というのは大したものだ、素晴らしく豊かな音で鳴っているではないか。自分で設計して製作したアンプというひいき目は当然あるのだが、とにかく、この音はいいとしか言いようがない。少しボリュームを上げて、まずはトム・ウェイツを聞いてみる。煙草に火をつける音から始まる、サックスソロだけをバックにした語りの曲、「38口径でヤツは頭をぶち抜いた」など、まあ、呆れるほどの臨場感である。ピアノだけの弾き語り「Burma Shave」の凄み、そして最後の最後でびっくりするぐらいでかい音でいきなり入るトランペットの上昇フレーズのダイナミクスも見事に表現している。次に、バド・パウエルのピアノトリオのThe Scene Changesをトレイに入れると、1曲目のCleopatra's dreamから、あのもつれる指をむりやり強引にひきずるようにして弾かれる凄みのきいたピアノの音のリアリティは、凄いとしかいいようがない。ちょっと荒削りな感じだが、その分音のリアリティが生々しく、全体に重量感があり、充実した感じである。ああ、それにしても、こうなってくると、オーディオマニアが次々と繰り出す大仰な形容詞をいぶかしく思いながら読んでいた昔の自分はどこへ行ってしまったのか。まるで同じことを僕も言っているではないか。

十年早い、と思っていた直熱三極管2A3を使って、自ら設計したアンプが、ほとんど一発で満足の行く結果になってしまった。そういえば、NFBをいろいろとかけて実験する話はどこへ行ってしまったのか。しかし、この音を聴いてしまうと、もうNFBをかける気がしない。実は、ワニ口クリップを使ってNFB抵抗を入れて聞いてみたのだが、ちょっと聞いて止めてしまった。というか、無負帰還で出てくる音で、もうこれ以上さわりようがない感じがしてしまうのである。ここで本当は、NFB、自己バイアス、整流管という風に試して、2A3というものが、そのつどどういう風に鳴るのか勉強してみるべきだと思うのだが、その気がほとんど起きない。実験についてはまた、もっと小さなアンプで別途やってみよう、ということで、この2A3シングルアンプは、このままで実用機としてデザインに走りつつ組み上げることにした。

 

>おわりに、そして回路図と特性など

 

初めて自分だけで構想から設計までやった2A3シングルエンドステレオアンプはこうしてできあがった。3台目のアンプということで、まだまるで初心者なのだが、自分なりにあれこれ考えて設計したアンプがいい音で鳴ってくれるというのも、本当に嬉しいものである。負帰還をかけて特性矯正しなくとも、独特のいい音で鳴ってくれるというのも、このでっかくて頼もしい2A3と、その相棒に選んだちょっと鈍くさい感じの小さい12AU7のおかげか、と思うと楽しいものだ。エージングによって音が良くなってくるというのも分かる気がする。どうも気のせいかな、とも思うものの、こうして書いている今聞いているバド・パウエルのピアノの音は、どうも最初に聞いたときより、あきらかに凄みが増して聞こえている。

最後に、心おきなくこの回路で実用機を組み上げるため、いわゆる精神衛生上から、特性を測ってみたので紹介しておく。直熱三極管の無帰還アンプなど、物理特性を云々しても仕方ない話だ、とはいろいろなところに書いてある事柄である。このころ買って読んだ、かの浅野勇著の「魅惑の真空管アンプ」にも、しつこいほどそう書かれている。負帰還その他で物理特性を追求するより、「タマの個性を生かすことに重点を置いてタマ個々が保有する音色の魅力をタップリ味わうための構成とした」と言い切る、いかにも江戸っ子気質という感じが、読んでいてとても気持ちがいい。と言っても、当然浅野氏の記事にも計測特性はちゃんと載っているわけで、なんというかマナーのようなものであろう。

アマチュアの僕が作ったアンプならなおさら特性はちゃんと確認した上で回路をフィックスしたい。測定器を借りてきて測った特性と、最終回路図(まだ手書きだが)をこの後に付けておく。歪み率はメーターがなくて測れなかったが、f特は-1dBで可聴域の20Hzから20kHzを十分カバーしている。また、目視によるクリップの寸前で出力およそ3W、その後歪みはするが最大6Wまで上がり続ける。3W時の入力が0.2Vですこしゲインが高め。ダンピングファクターは1.6と少し低め、残留雑音0.9mVといったところで、特性的にも特に問題はなく、まずまずである。欲を出せばきりがないが、これでフィックスしても差し支えないようである。さて、これで心おきなくデザインに走ることにしよう。